このように、性器崇拝の祭りと一言にいっても、新興の観光型性器崇拝祭りと伝統的な祭りでは大きくその性質が異なります。またひょっとこのような道化が道具として性器を用いる性的儀礼は、厳密には性器を祀る性器崇拝とは異なります。ご利益も五穀豊穣、子宝、厄除けなど多岐にわたり、性器崇拝と性的儀礼の幅広さを知ることができます。

 伝統か悪ふざけか

 さて、「どんつく祭り」や「雪中花水祝」のような新興の観光型性器崇拝祭りは大きな男根型の御神体を有することが特徴ですが、一方女性器はどうでしょうか? 管見の限り、女性器が単体で神輿のような御神体となっているのは、愛知県の大縣(おおあがた)神社の豊年祭のみです。この大縣神社の豊年祭は、近所の男根崇拝の祭りである田縣(たがた)神社の豊年祭と対になる存在として開始された新興の観光型性器崇拝祭りであり、女陰崇拝の祭りです。他にも男性器と女性器が対となって祀られる新興の観光型性器崇拝祭りはありますが、基本的には男性器が単体で祀られることのほうが一般的です。

 この現象は古来の男根への信仰が変わらず続いていることを感じさせると共に、なぜ女性器は大きな神輿のようなご神体に成り得ないのか、という疑問を抱かせます。これには複数の理由があると思われますが、そのひとつが男性器と違って女性器が平面的だということではないでしょうか。3Dの男性器と異なり、2Dの女性器は立体物としての造形に向いていないのです。これは新興の観光型性器崇拝祭りだけではなく、古来女性器よりも男性器の方が多く作製されてきた理由のひとつでもあるかも知れません。またもちろん、縄文時代の土偶のように女性への信仰は性器だけではなくその母体全体に宿るものであったから、という理由も忘れてはならないでしょう。

 更に現代的な感覚でいうと、やはり女性器というのは男性器に比べて公に出しづらいという理由が想像できます。特に近年ではコンプライアンスという言葉もよく聞くようになり、性的なものの表現方法に慎重にならざるを得ない状況です。女性器を扱うというのはかなりセンシティブでもありますが、それもまた女性器の神聖性に由来するものなのではないか、とも感じるのです。このように、現代において男性器より女性器の方が少々存在感に欠ける理由の根底には、古来の女性器が持つ呪力への畏怖もあったのかも知れません。

 一方で、造形がしやすく、また独立して信仰されてきた男根の方は、ひょっとこが手に持って女性を追いかけたり、大きな神輿として掲げられてきました。そんな男根崇拝の祭りの現場でよく聞くセリフが、「これは古来の信仰であり、悪ふざけではない」というものです。しかし、本当にそう言い切ることが可能なのでしょうか? 実際に悪ふざけから始まった祭礼だってあるかも知れないし、縄文時代の石棒だって初めは悪ふざけだったかも知れないのです。

 性器崇拝というものに少なからずうしろめたさを覚える現代人たちは、「伝統」を持ち出すことでそのうしろめたさを打ち消そうと試みがちです。ですが、伝統と悪ふざけは対極にあるものではなく、時に共存することが可能だと考えています。ひょっとこが女性を男根で突いて回るのはどう見ても悪ふざけ的な仕草です。でもその一方で確かに五穀豊穣の祈りがあるというところに、性器崇拝の奥深さがあるのではないでしょうか。

 そして本来はやってはいけないことをやる「うしろめたさ」があるからこそ、それが笑いに通じるというのもまた逆説的で面白いのです。特に男性器は女性器よりもセンシティブという感覚を抱かれることもなく、祭りの現場では必ず笑いがあります。むしろふざけることで笑いが起こり、邪気を払うということこそが、祭りの本義だといえるのではないでしょうか。

 コンプライアンスが取り沙汰される一方で、コロナ以降の観光型性器崇拝祭りは以前よりも若い女性やひとりの観光客の参加者の姿が増えており、面白いものとして受け入れられつつある状況でもあると感じています。これはSNSの流行により、今まで一部の好事家しか知らなかった性器崇拝祭りが市民権を得始めているということでしょう。

 しかし性器崇拝の祭りに限らず、現代は少子高齢化でどこの祭りも縮小や中止を余儀なくされています。実際、コロナ以降行われなくなってしまった祭りがいくつもあります。現代まで連綿と続いてきた古代の笑いと祈りを感じられる性器崇拝祭りが、ひとつでも多く続いていくことを願っています。

かなまら祭り(神奈川県川崎市)の宵宮祭で作製・奉納される男根・女陰型の餅

※本稿は「記紀神話における性器の描写 : 描かれたホトと描かれなかったハゼ」(『学習院大学人文科学論集』(24) 2015年)および「祭りにおける性的儀礼の正当化 : 伊豆稲取どんつく祭りと素盞嗚神社の夏祭りを通して」(『現代民俗学研究』(12)2020年)の内容を下地としました。

 

構成:辻信行