
仏教のヨコ道ウラ話
石井公成
前回は、自分よりかなり優れた人を見て、自分はそれより少し劣るだけだと勘違いし、高ぶる心を起こすのが「卑下慢」だとするインドの経論の説に触れました。しかし、自分よりかなり優れた人を見た場合、普通の人は嫉妬するのではないでしょうか。
白石 ひとみ

仏教のヨコ道ウラ話
石井公成
前回は、自分よりかなり優れた人を見て、自分はそれより少し劣るだけだと勘違いし、高ぶる心を起こすのが「卑下慢」だとするインドの経論の説に触れました。しかし、自分よりかなり優れた人を見た場合、普通の人は嫉妬するのではないでしょうか。

生きものであること 人間であること
中村桂子
「私たちの中の私」として自身を捉えていく時、まず「生きものという私たち」から始めると空間的にも時間的にも広いところに自分を置くことができ、大らかになれると思いますというところで前回は終わりました。
伊藤 菊代さんと
他5人が抜粋しました

愉快な修行
藤田 一照
――悟りや涅槃は名詞ではなく動詞的に理解すべきだというお話ですけど、たとえば「境涯」なんかも、何かそこに到達することを目指す山の頂上のようなものをイメージしちゃいますよね。
吉野 勝久さんと
他3人が抜粋しました
丸毛 敏行さんと
他1人が抜粋しました

仏教のヨコ道ウラ話
石井公成
前回は、お盆に関する話でした。お盆と言えば、お墓参りや盆踊りということになりますが、実は明治初年には盆踊りを禁ずる布告が各地で出されていました。現在、盛大な行事となっているのは、その後、復興したおかげなのです。
矢部 玲子さんと
他3人が抜粋しました
手柴 実幸さんと
他12人が抜粋しました
村岡 香代子さんと
他4人が抜粋しました

仏教のヨコ道ウラ話
石井公成
前回は月の光の話でしたので、今回はその反対の闇をとりあげることにします。月の光と闇と言えば、老齢の方が思い出すのは、「空は晴れても心は闇だ」という泉鏡花『婦系図』の名セリフでしょう。
Toibito userさんが抜粋しました
三上 智子さんと
他10人が抜粋しました

山崎 望
「個人の置かれている現在の状況はその個人の資質や行動の結果である」と考える自己責任論は、1990年代から徐々に私たちの社会の「常識」となっていきました。貧困、障害、不登校、DV、介護疲れといった問題は、すべて、個人やその家族に帰するものなのだから、自分で解決すべきだというのです。その結果、痛ましい事件が毎日のように新
Lam Yuriさんと
他5人が抜粋しました