そして新世界アメリカは、旧世界ヨーロッパの秩序の「例外」としての〈自由〉を獲得していきます。
ラインの向こうの自由
このような状況のなかで、キリスト教世界の法的規範意識も根本的に変わっていきます。その象徴と言えるのが、トルデリシャス条約によって取り決められた分割線の意味合いの変化です。
この線は当初、今後発見される大地の領有権をスペインとポルトガルで分け合うためのものでした。しかし、この線の彼方にイギリスやフランスが進出するようになり、教皇の権威も通用しなくなると、この分割線は端的に「旧世界」と「新世界」、すなわちヨーロッパとアメリカを分ける分割線へとその性格を変えていったのです。

旧世界ヨーロッパでは、既存の世俗権力がせめぎ合い、そこに伝統的なしがらみが絡んで、それがひとつの秩序の条件になっています。だからそこでは抗争があるとはいえ(だからこそ)、一定の友好の儀礼を保たなければなりませんが、大西洋の彼方は、未決の領域で、これから分割や秩序が作られるはずの、それゆえ自由に奪い合うことができる領域(ゾーン)なのです。
ヨーロッパ内部にはすでに「無主」の土地はなく、大地の領有と確保のルールは決まっています。けれども、大西洋という広大な海の彼方、とりわけ「ラインの向こう」は「自由」取得に委ねられているというわけです。
この線はやがて「友誼線(amity line)」と呼ばれるようになります。それが区別するのは、もはや諸国の勢力範囲ではなく、世界の二つのレジームです。つまり、「条約、平和、友誼は原則としてヨーロッパにのみ、すなわち古い世界にのみ、ラインのこちら側の領域にのみ適用するものであるという原則」であり、「ラインの彼方」はこの限りにあらず、ということです。
ただし、このような「線」の性格の変化が起こった頃、すでにメキシコ以南のスペイン領有は既成事実になっており、その後も「自由な」領土獲得の対象となったのは、事実上フロリダ以北の北アメリカに限られました。
最初に見た通り、カリブ海以南のアメリカはキリスト教世界の拡張を征服と領有の正当化の根拠としていました。ところが、宗教改革によってローマ教会が共通の権威としての威光を失い、ヨーロッパ(旧世界)では信仰を棚上げした世俗権力の国家間秩序が形成されるようになります。それにつれて、新世界アメリカはその国家間秩序の「例外地帯」とみなされ、ヨーロッパ諸国(とその人びと)にとって、〈自由〉に委ねられた「解放区」になったのです。
〈アメリカ〉に特権的に結びついた〈自由〉とは、まずもってこのようなキリスト教ヨーロッパから見た「自由取得」や「自由行動」の許された領域に投影された観念に他なりません。大西洋を越えて「ラインの彼方」に投影された〈自由〉の領域に、実際にヨーロッパ人が移り住み、やがてかれらはその〈自由〉をわがものにして、歴史的負荷を持つ「旧世界」の秩序と対抗するようになります。それが「アメリカの自由」の前史です。
ピルグリム・ファーザーズはなぜ、アメリカに行けば〈自由〉があると思ったのか。思うことができたのか。それはヨーロッパのキリスト教徒にとってアメリカがあらかじめ〈自由〉な、すべてが可能な地だったからに他なりません。だからこそ、カトリックに代わってイギリス国教会から迫害されたこのピューリタンたちは、そこを神がかれら新教徒のためにとっておいた「約束の地」とみなし、自分たちの運命をファラオに追われたモーセの民に重ね合わせて、大西洋の荒波を越える冒険を選ばれた者たちの「出エジプト」の旅に見立てることができたのです。
※本稿は『アメリカ 異形の制度空間』(講談社選書メチエ)の内容を基に、一部修正を加えて再構成したものです。
