古来中国では、神々を祭って祈祷するのに際して、司祭者が吾が身を清潔にする「斎」(ものいみ)を行い、その後神々を儀礼場に降臨させ、犠牲の動物の肉を酒とともに供してもてなす行事(醮)を行って神々を満足させ、最後に送り帰す行事を行っていました。道教でも、道教の神を迎えて送り帰すという形で斎醮儀礼を行います。しかし、その際、道士は身体的な精進潔斎だけでなく、信徒に罪の告白を行わせることで、いわば心の潔斎、精神的なものいみを行います。
また、道教の神々は、鬼神に代表される從來の神々が酒肉を食らうのとは異なり、血なまぐさい犠牲(血食)を要求せず、酒も飲まないとされます。道教の神々は血食を忌むのです。これもやはり動物の命を奪う罪を避けることに、少なくともその目的の一部があるかと思われます。こうして、道教の斎醮儀礼は、従来の斎醮とは異なり、罪の告白と、血食を使わない醮を行うことによって精神化・倫理化されて成立するのです。
なお、道教儀礼における罪の告白とは、信徒が思い思いに行うものではなく、あらかじめ数多くの罪に対応できるようにひな型が作られており、それに沿って道士が代わりに読み上げていくことで実施されます。そういう類型的な文書が、初期の天師道では約千二百種類も作られていたようです。現在にいたるまで、そうした文書のひな形がいくつかが伝えられています。
道士たちは、神仙修行者であるという点では、従来の(2)の層における修行者と同じですが、天師道においてはコミュニティの成員たちの罪を贖い、コミュニティを精神的・倫理的に浄化することを目的として活動していました。(2)の神仙道が、師弟関係を中心に小規模な集団生活を組織管理するに過ぎなかったのに対して、天師道は、後漢から三国時代にかけて広大な領域で二十四の行政中心(二十四治)を設けて、多くの信徒の生活を管理するノウハウを自分たちの儀礼の伝統に組み込みました。四川の宗教国家は魏の曹操(そうそう155-220)によって解体されますが、その後広く天下に拡散し、各地で「治」を置いて道士を核とし「道民」と呼ばれる信徒たちの生活規範を構築・管理していったと思われます。その規模や組織力において、(3)の天師道は(2)の神仙道とは雲泥の差があるといえるでしょう。
天下に拡散した天師道(道教)において、道士ではない信徒たちは、もはやかつての四川地域におけるような排他的に道教のみを信奉する道民ではなく、時と場合によって儒教も仏教も実践するような人々が多数を占めるようになっていったことでしょう。しかし、そうした一般の人々の中に、道教的な実践を一定程度広めて定着させることに道教は成功したはずです。それによって、道教は前近代の中国の人々にとっての日常的な実践倫理の一部になったと考えられます。中国では、儒教も仏教も、一般の人々の日常生活における倫理規範となりますが、道教も例外ではありませんでした。おそらく三教として確立する要件のひとつに「多くの人々の日常的な実践倫理になる」という事項が含まれているのでしょう。
中国の倫理的な源泉のひとつとしての道教の成立
以上のようにして見てくると、道教の成立の過程を通じて、そこには独自の倫理が重層的に形成されてきたようすが見てとれます。最初は、(1)老荘思想が「自然」という正しさの根底を提示し、自然に沿った生き方が正しいという図式が構築されます。次に、(2)神仙修行者たちは、自分たちの不死という理想を支える倫理的な正統性の基底としてこの自然観を採用しますが、師弟関係を核とする彼らの生活の中で、倫理規範には日々の暮らしの細々としたことを管理する具体性が注ぎ込まれ、それが不死に結びつけられてゆきました。
さらに、(3)天師道の段階においては、不死は、大規模なコミュニティの中で日常的な実践によって獲得されるものとされ、儀礼的に演出された罪からの解放、祖先たちが犯した罪を贖った後の無垢なる正しさの象徴となります。このように倫理化された不死の観念は、道教によって人々の日常的な実践倫理として定着してゆき、その結果道教は儒教・仏教とならぶ倫理的源泉として三教の一角を占めるようになったと思われます。
おわりに
道教の歴史は複雑で、道教を理解するために語るべき話題は沢山あります。しかし、それらはここではすべて割愛しています。ここでは、道教の核心部分が成立する際に、堅牢な倫理的な基盤が形成されたことを中心にお話ししました。今回ここでお話しした天師道と呼ばれる道教の根っこの部分が、この後に続く時代の中でさらに展開していきます。そうした展開の根本にあるのが、老荘思想・神仙信仰・天師道という三層の生成過程の中で培われた、重層的な倫理の構造だろうと考えられるわけです。
中国の文明圏においては、西洋世界と交わる久しい以前から、自前の倫理思想が発達し、儒教・道教・仏教という三つの源泉を有するというイメージのもと広範囲に共有されてきました。中国は古代から法律による統治が発達し、外から人々に強制的にあてがわれるべき秩序が、強大な王朝の武力を背景に発展してきました。しかし、儒仏道の三教は、あたかもこの外なる力に対して、人々が自分の生活を内なる力によって自律的に秩序づけることができることを示すかのように展開していったものと私は推測しています。三教を中国の内在的な倫理的正統性の源泉として位置づけ、その中における道教の倫理の形成と展開を位置づけることができるだろうと考えています。
(早稲田大学 文学学術院 東洋哲学コース 森由利亜)
