生きものの誕生

――ハスの種が2000年もつというのも驚きですけど、そもそも生きものが38億年も続いてきたということ自体が、考えてみるとすごいことですよね。

 すごいことですよ。大陸より長続きしているんですから。つまり、ずっと続いていくものが生きものなんです。そのことはやっぱり、心に留めておかないといけないと思います。

 どんな人だって、この世がこの先も続いていくことを前提にして生きているんじゃないんですかね。自分のことばかり考えているようだけど、自分が死んだ後のことなんて知らないよとクールに言える人って、そんなにたくさんいるのかしら。

――最初の生きものはどのようにして生まれたと考えられるんですか。

 これにはいろんな意見があって、宇宙から飛んできたという説もあります。もちろん「最初の生きもの」をどう定義するかで答えは変わってきます。

 自己複製ができるようになったら生物だと考える研究者もいますが、一方で、アミノ酸を結合させてタンパク質をつくる仕組みを重視する研究者もいます。どっちが先かというのはニワトリと卵で結論は出ていませんが、自己複製の仕組みとタンパク質を合成する仕組みがたまたまうまいこと合致したのが生物の誕生、ということではないでしょうか。

――自己複製というのは、いわゆる細胞分裂のことですか。

 細胞レベルでいえばそうです。設計図を複製し、それに従って新しいものをつくる。「自己複製」をもっと平たく言えば、自分のコピーを作ることです。

 さて、その設計図ですが、それがDNA。これを必要に応じてRNAに写し取り、それを使ってタンパク質をつくる。おおもとの設計図は破損したりしないように、あんまり使わずにとっておくのですね。

 こういう二重の設計図を使うのは、RNAはすぐつくれる代わりに一本線で壊れやすいんですよ。それに対してDNAは二重らせん構造で安定している。だから、進化の順番としては、初めにRNAがタンパク質の設計図として登場し、その後で設計図としてより安定して長持ちするDNAをつくるようになったと考えられています。

脳を離れた幸せ

――膜があることが生物の定義の一つだという話を聞いたことがありますが、それは、海の中を漂っていた「何か」が、あるとき膜によって環境と自分を分けたときに生物になった、みたいなイメージですか。

 細胞というのはまさにそういうものです。生物の基本は細胞であり、われわれ人間だって、細胞がたくさん集まってるだけの存在に過ぎません。つまり、最初の細胞が生まれ、それがちゃんと複製する仕組みをもったというのがとてつもなく大変なことであって、これをやったのはバクテリアの類(原核生物)です。だからかれらは偉いんです。その後は言ってみれば、ただ体をつくっている細胞の数を増やして、大型化・複雑化していっただけ。

 その大型化・複雑化する過程で神経系がつくられ、やがて脳ができていくわけですけど、植物は神経系なんてもっていませんからね。じゃあ植物は偉くないかというと、食べ物をつくりだす大本は植物であり、植物がいないと動物は生きていけないわけで、そういう意味では動物よりよっぽど偉い。

 つまり、動き回ってエサを集めなきゃいけないから脳や神経がいるわけで、植物にはその必要がないんです。日向ぼっこしてるだけで生きていける。それで私たちに食べ物を提供してくれるんだから、こんなに偉いものはないですよ。

――先生が研究されているナマコも脳がないんですよね。

 ナマコは砂の上にいてその砂を食ってるだけだから、脳なんていらない。正確には砂の中にある有機物の粒子や砂の表面に付着したバクテリアなんかを食ってるんですけど、こういうものから得られるエネルギーは多くありません。そのぶん、ナマコのエネルギー消費量はものすごく少ない。測ってみたら、体重あたりにして、われわれの50分の1しか使ってないんです。

――めちゃくちゃ省エネですね!

 でしょ。それはそれで大したもんだと、やっぱり褒めてやらないと。

――私たちはつい人間の色メガネで見て、脳がない植物やナマコは下等だって思いがちですけど、生まれた場所でのんびり生きているかれらの方が、時計やノルマに追われてあくせくしている私たちより幸せかもしれませんね。

 私たちは幸せを、脳が感じるものだと思っていますよね。それで言うならナマコは幸せではないのですが、持って生まれた体のペースと相性のいい生き方ができれば体も心も調子がいいんだから、そういうのが幸せなんじゃないのって思うんですよ。脳があっても幸せじゃないんだったら、脳みそ中心主義を離れた幸せっていうのを考えてみてもいいんじゃないですかね。

戦略としての多様性

――それにしても、地球にこれだけいろんな生きものがいるのはなんでですか。

 それは、そもそも個々の生物個体は、「自分がずっと生きる続ける」という目的をもっているからなんですよ。つまりそういう性質を持ったものが、進化の過程でできてきたんです。

 最初の生物が登場したのが38億年前。現在の生物は、その最初のものの直接の子孫生物だと考えられています。ということは、生物はそれほど長い間、続いてきたんですね。生物は生き続けるカラクリを持っているからこそ、そんなことができたと思うほかありません。

――「生き続ける」ということは生物の本質なんですね。

 「自分がずっと生きる続ける」とは言っても、個体は必ず死にます。生物に限らず、物は時間がたつと擦り切れてきて壊れてしまう。生物はどれであれ、そんな壊れる個体でできています。それなのにどうやったら何億年も続くことができるのか? そのカラクリが「伊勢神宮方式」です。伊勢神宮は式年遷宮を繰り返します。つまり自分そっくりのものに定期的にリニューアルする。そうすると古びることなく続いて行く。

 子どもをつくるとは、自分をリニューアルする行為です。世代交代により、個体としての時間をゼロに戻して時間をくるくる回して続いて行くと見ることができます。回せば続きます。生きものの時間はクルクル回るものなんですね。

――なるほど。

 僕は「自分の子どもは私だ」と見なしています。ただし、生物は有性生殖を行うから、子は親とよく似てはいても少しだけ違う。なぜ自分そっくりの子をつくらないかと言えば、環境が変化するからです。変化した環境では、今の私そっくりでは生きていけない。今の私は今ある環境に適応したものだから上手に生きていけるけど、環境が変わったらダメです。そこで有性生殖により、ちょっとだけ違った子を複数つくる。

 「ちょっとだけ」という点がミソです。環境はどう変化するかはわかりません。大激変が起こるのはめったにないでしょうから、ちょっとだけ変わると想定して、子もちょっとだけ変える。そうすれば、環境が変わっても変わらなくても、子のうちの少なくともどれかは生き延びる。

 また、複数の子の中には、新しい環境をへと移住するものも出て来るでしょう。それも子どもの生き残る確率を上げます。いずれにせよ、生物は環境に適応したものであり、自分の環境とは、ある意味、生物と一体のものなんですね。そして多様性は存続に寄与するものです。

 結局、子の「私」に多様性をもたせると私はずっと続く。僕は「自分の子は多様な私の一つ」と見なしています。そう考えると、「私、私、私と私を渡していって、ずっと続いていくのが生物」ということになりますね。これを長年繰り返して行けば、ものすごく多様な「私」になっていき、ついには最初のものとは全く別の種になってしまう。だからこそ、これだけいろんな生きものがこの地球には存在しているんです。

――面白いですね! 今いる生物はすべて、38億年前に生まれた「私」がリレーされてきたものだと。

 付け加えれば、生きものというのは変異が起こるようにできています。さっき言ったDNAの設計図は、毎回必ず同じものが複製されるのではなく、ごく低い確率で、少しだけ書き換わるんです。それが生殖細胞で起こると、その変化は遺伝する。有性生殖と突然変異により自分とは違う形や性質をもった子どもができる。この仕組みにより、環境が変化しても、また、新しい環境へと進出しても、生き残ることができるわけです。

――生物が多様なのは、それだけ地球の環境が変わってきたということでもあるんですね。さっきのナマコもそうですけど、生きものと環境は一体なんだと改めて思いました。環境の中で生きて、子孫をつくり、死ぬ。それでも「死なずに続いていく」、それが生物というものなんですね。

 生き続けるとは、自分が置かれた環境の中で生き続けることです。ある地域に住むすべての生物と非生物的環境をひとまとめにしたものを「生態系」と呼びます。生態系においては、生物たちは物質循環やエネルギーの流れにおいて役割を持ち、それによって生態系は働いていると捉えます。

 生態系において生産者としての役割をもつのが植物で、これらは光合成によって大きな分子をつくる。消費者である動物はその大きな分子を小さく分解してエネルギーを取り出す。そして最後にバクテリアなどの分解者が動植物の死骸や排泄物を分解して、また植物が利用できる形に戻していく。生きものの世界は、そうやって有用な物質をグルグル使いまわしています。回して循環させれば続きます、サステイナブルです。そしてそこに、回すためのエネルギーを供給しているのが太陽光なんです。