恒温の代償
――生きものの体では、エネルギー消費量が多いほど時間が速くなるというお話でしたが、人間を含む恒温動物は摂取したエネルギーの大部分を体温の維持に使っているそうですね。なぜそうまでして、体温を一定に保つんですか。
ひとことで言えば、時間の速度を速く一定に保つためです。生きものの体の中では絶えず化学反応が起きていますが、この化学反応の進む速度は温度によって変わります。温度が高ければ反応はすみやかに進む。たとえば蛇が同じ餌動物を飲み込んでも、体温が低いときは消化にずっと長い時間がかかります。
筋肉の収縮ももちろん化学反応にもとづいているので、収縮速度は温度によって変わる。つまり、体温が変わると体を動かすスピードも変わってしまうわけで、これは非常に都合がわるい。獲物に飛びかかろうとした瞬間、太陽が雲に隠れて体温が下がると、急にスローモーションになっちゃう。これでは器用なことはできません。
常に「空ぶかし」をして体温を高く一定に保っているから、私たちはいつも同じ速さ、同じタイミングで動くことができる。つまり恒温動物というのは、「恒時間動物」でもあるわけです。ちなみに、時間はいつも一定で何をしても変わらないと考えてしまうのは、私たちが恒温動物だからではないかと思います。
でも、恒温であるためにはものすごい量のエネルギーが必要で、つまりものすごく食わなければいけない。そのためにはいろいろと「悪知恵」をしぼる必要も出てくるわけです。
それに比べると、変温動物は恒温動物の10分の1のエネルギーですみます。われわれが餌を10匹食わなければいけないところを1匹で事足りる。のそのそとしか動けなくても、1匹捕まえさえすれば、あとは寝てればいい。冬になったら体が動かなくなりますから、冬眠して、時間を止めちゃうわけです。
――それはそれで、いい生き方のような気もしますね。
近代文明は「北国」で生まれた
人間の社会でも、冬の間は月がなかったという話があります。古代ローマの伝承によると、最初期の暦には現在の1月と2月にあたる期間には正式な月名がなく、農作業を行う3月から12月までの10カ月だけが数えられていたそうです。1年の最後のDecember はラテン語で10を意味する「decem」に由来していて、もともとは10番目の月だったんです。
――面白いですね。
それは生きものとしては理にかなった生き方、時間との付き合い方であるように思います。冬ごもりしているときは、私たちは時間を止めてるんだと。変温動物は実際にそうなんだから。熱帯にいる連中はまた別ですけど。
――熱帯の変温動物は冬眠しないんですか?
冬眠しませんよ。
――一年中動いている。
植物もそうです。寒い所では春になったら一斉に花が咲くけど、熱帯では一年中ぽつぽつと咲いています。私は長いこと沖縄にいましたけど、暖かい所は年間の温度の変化が小さく、冬ごもりの必要がない。そうすると、生き方も変わってくるんですよね。
寒い所では冬に備えてアリのように一生懸命働く。キリギリスのように遊んでいてはダメだと。イソップ童話というのは北の国の価値観でできているわけで、イソップがもしも南国に生まれていたらまったく別の話になっていたはずです。
近代文明というのは、北の国の人たちが作ったものだと言えます。ロンドンにしてもパリにしても、北海道より緯度が高いですからね。かれらに言わせれば、東京や、ましてや沖縄みたいなところで文明が起きるわけがない。だらだらしてても生きていける、働かなくても食べ物があるんだから。
――自然の恵みが得られないところでなんとか生きていくために、知恵をしぼって文明をつくったと。
そういうことです。ユダヤ教なんてのは砂漠に囲まれた乾燥地帯で形成されたわけですが、そういう場所で暮らすのはとんでもなく大変ですよ。生きていくためには、まわりから分捕ってきて、むさぼるしかない。イスラエルを見ていると、そうした価値観が現在まで続いているように私には思えます。
現代の価値観が寒い国の人によってつくられたものだということは、もっと注意した方がいいんじゃないでしょうか。科学にしても資本主義にしても、かれらが生み出したものによって現代社会は動いている。たしかに「便利」で「快適」な世の中になったかもしれないけど、その根底には「むさぼる」ということがあるように思うんです。そしてそれが、環境破壊や格差といった、さまざまな問題の本質なんじゃないかって。
種子の時間
――時間を止めるということで言うと、植物の種もすごいんですよね。
種はほぼ完全にエネルギー消費を止めています。2000年前のハスの種を発芽させた大賀一郎先生の研究が有名ですが、それくらい持つわけです。発芽できたのはもちろん、大賀先生の工夫があってのことですけど。
――種は水分がないから化学反応が起きないってことですか。
いちばんの要因はそれです。生きものの体内では常に化学反応が起きていると言いましたが、生きものにおける化学反応は空気中よりも水の中の方が活発になるんです。だから、多くの細胞の中身は85~90パーセントが水です。これは生物が海で生まれたことに由来します。
一方で、種の含水量は約5パーセント程度です。つまり、干からびさせて化学反応=生命活動をストップしているのが種で、この状態であれば寒さや乾燥を耐え忍ぶことができるわけです。
――なるほど。それで、種に水をやると化学反応が再び起こって、芽が出てくるわけですね。
そういうことです。ただ、種子の中には水や温度といった条件がそろっても、すぐには発芽しない仕組みをもっているものもあります。これはその植物がどんな環境で種をつくるかに関わっていて、冬を越す必要があるかどうかがポイントです。冬の一時的な暖かさで早とちりして芽を出しちゃったら困りますからね。
――賢いですね!
寒い国では植物も、知恵をしぼらないといけないわけです。


