時間の速さとエネルギー
――ご著書『ゾウの時間 ネズミの時間』では動物のサイズと時間の関係について書かれていますが、サイズによって時間が変わるというのはどういうことですか。
ふつう時間というのは誰にとっても、あるいは何にとっても同じように流れていると考えますよね。巨大なベルトコンベアに乗っているように、みんなが同じペースで、過去から未来へと運ばれていく。こうした考えの基礎になっているのは古典物理学の「絶対時間」です。つまり、時間というのは何からも影響を受けない独立した変数であり、だからこそ物事の変化を見る絶対的な基準になるというわけです。
でもね、本当にそうなのかなと。時間の流れが一様じゃないのは、誰もが経験していることですよ。つまらない授業を受けているときの時間は一向に進まないのに、恋人とイチャイチャしてるときの時間はあっという間に過ぎてしまう。同じ一時間とはとうてい思えない。だとすれば、私たちの身につまされるのはむしろこっち、一様ではなく多様な時間の方だと思うんです。
生物のサイズが生命現象とどのように関係しているかを見る「サイズの生物学」では、大きな動物と小さな動物で、体内の時間の進む速度が違うことがわかっています。たとえば、心臓が一回ドキンと打つ時間は、体重の4分の1乗に比例します。体重が10倍の動物では、時間が約2倍ゆっくりになります。
――サイズが大きくなるほど、心拍はゆっくりになっていくと。
これに対して「体重当たりのエネルギー消費量」は、体重の4分の1乗に反比例します――なぜ4分の1乗なのかにはいろんな議論があって、まだ結論は出ていません――。体重当たりのエネルギー消費量は、その動物の細胞一つ一つがどれくらい働いているかの目安になります。ネズミのように小さな動物の細胞は活発で、エネルギーをたくさん使う。だからネズミは体重当たりで見ると、ものすごく食うんです。で、動物のサイズが大きくなるほど、細胞は「なまけもの」になっていく。
――ネズミの心臓はゾウよりペースが速いので、それだけエネルギーをたくさん使っているわけですね。
そういうことです。エネルギー消費量に正比例して時間の進むスピードが上がる。そしてどういうわけか、一生の間に使える体重当たりのエネルギーはみんな同じ量なので、単位時間(時計の時間)当たりのエネルギー消費量が多い小さな動物ほど、短命になるわけです。
――そもそもですけど、ゾウとネズミって、一つ一つの細胞の大きさが違うんですか?
細胞の大きさはほとんど同じです。ゾウの方が単純に細胞の数が多い。ということは、体ができあがるまでに必要な細胞分裂の回数も多くなるので、それだけ時間がかかる。でも体ができてしまえば、大きいぶん他の動物に食われにくいので、ネズミのようにちょこまか動く必要がない。そのこともあって、エネルギー消費量が少なくてすむわけです。
もうひとつ重要なのは、体重と表面積の関係性です。動物の比重はほぼ1ですから、体重=体積です。そして体積は長さの3乗に比例するのに対し、表面積は長さの2乗に比例します。つまり、体重当たりの表面積は「1/長さ」に比例することになるから、サイズが大きくなるほど表面積は小さくなっていく。熱が逃げていくのは体の表面なので、要するに、大きな動物ほど熱がこもりやすい。
もしもゾウの細胞がハツカネズミの細胞くらい活発に働いたら、体温が100℃を超えてしまいます。自分の出す熱でステーキになっちゃうんです。
――それはえらいことですね(笑)
熱がこもりやすいというのは、保温性が高いということでもあります。表面積が小さいと水分も逃げていきづらいから、安定した状態で生きられる。外部の影響を受けにくいわけです。そのかわり、外からのインプットも少ない。逆に、小さいのは体重当たりの表面積が広く、インプットが多い。小さいものほど外敵の存在や環境の変化に敏感でなければ、生き残れないわけですから、これは都合がいい。
――大きい動物は鈍感でも生きていられるわけですね。
そう。それだとエネルギー消費量も少ないから、トロトロとした生き方で寿命も長くなる。一方で小さいのは絶えず情報収集をし、エネルギーをたくさん使ってちょこまかと動き回る。つまり同じ1時間でも、ゾウの時間はスカスカしていて、ネズミの時間は濃密だとも言えるわけです。
これは人間の子どもと大人、青年と老人にも大体あてはまります。私のような後期高齢者になると、時間がスカスカしてくるんですよ。これはサイズではなく老いの問題です。体重当たりのエネルギー消費量は年齢とともにどんどん下がり、時間がスカスカになってくる。こういう時間をどう生きたらいいかを、もうちょっと考えるべきじゃないかと、今、切実に思っています。
でも、こういうことを言うと怒られるんですよ。西洋近代というのは、生きものとしての制約を払いのけて生きていくことに人間の尊厳を見出してきたので、その制約を口にするのは敗北を意味するんです。だから、言ってはいけない。
でも、いくら制約を克服したんだと言ったって、その結果ここまで環境を悪くしたら、やっぱり人間だって生きていけませんよ。台風が来ても飛ばされない、地震が来ても崩れない建物をつくって、その中はエアコンで一年中快適だとしても、地球そのものが壊れてしまったらどうしようもないですからね。
加速する社会
生きものはエネルギーを使うほど時間が速く流れると言いましたが、それは社会の時間でも同じでしょう。車のスピードとガソリンの消費量は比例するし、コンピュータやAIだって、速度を速めようとすればするほど大きな電力が必要になる。
ビジネスとはビジー+ネス、つまり忙しいこと。忙しいというのは時間が速いということです。エネルギーをたくさん使って時間を速め、それによって同じ時計の時間の間でたくさんの製品を作ったり、より多くの情報を集めたりすると、お金が儲かる。時は金なりというのはそういうことです。つまり、ビジネスとは時間を操作することなんです。
でも、そうやって速くなった時間に、体の時間が追いつかない。ヒトの心臓のペースは、体重がだいたい同じ羊と変わりません。つまり、私たちの生きものとしての時間は昔のままなんです。ところが今、日本人は食べる量の約30倍のエネルギーを使っています。ということは、社会の時間は昔より30倍速くなったことになる。
――そんなにギャップがあるんですね。
けた違いでしょ。だから、仕事終わんないね、追いつかないねってことになっちゃう。社会の変化も速くなってるから、急にAIだなんだと言われたってこっちは知らねえぞと。結局、社会の時間にも変化にも追いつけなくて、おいてけぼりを食ってしまう。たとえ今はなんとか追いつけても、歳をとったら無理ですよ。そんな世の中で安心して生きられるわけがない。今、切実に困っています。


