意味が伝わるしくみ

 情報が文字やデジタルデータといった「機械情報」である以前に、個々の生物の主観的な意味にもとづく「生命情報」であるとすると、次に問題になるのは、その意味を含んだ情報がどのように伝達されるかということです。この問いに答えるのが、基礎情報学の「HACS(階層的自律コミュニケーション・システム Hierarchical Autonomous Communication System)」という新概念です。

 HACSはオートポイエティック・システム(APS)の一種であり、システムの構成素がコミュニケーションであるというルーマンの議論を引き継いでいます。つまり、HACSにおいてもコミュニケーションという出来事はシステムの内部で自己循環的に創出されつづける。これは社会システムでも、個人の心(心的システム)でも同一です。ただ、システム間に上下関係がない従来のAPSと異なり、HACSはシステム間の階層関係をゆるすという特徴をもっています。

――どういうことですか?

 会社を例にとってみましょう。会社の会議では企業活動に関するさまざまなコミュニケーション――たとえば、今期の売上はどうか、どんな新商品を開発するか、経費をどう削減するか等――がおこなわれますが、そのコミュニケーションの素材となるのは、会議に出席している社員の心(心的システム)が生み出す発言です。とはいえ、会議の参加メンバー全員が議題について内心で真剣に考えているとは限りません。ある人は今夜のデートのことで頭がいっぱいかもしれないし、また別の人は週末の旅行のプランを練っているかもしれない。ひたすら会議が終わることを待っている人もいるでしょう。

――心的システムは自律的なので、外部からは制御できないわけですね。

 一方で、議長から意見を求められたら、会議の参加メンバーはその趣旨に沿った発言をしなくてはならない。新商品のアイデアを聞かれて、週末の旅行プランを話すわけにはいきません――話したところで、無視されるか、怒られるか、退席を命じられるのがオチでしょう。――つまり、社員の心的システムは、会議という場において、会社という社会システムの「制約」のもとにあるわけです。「階層関係」というのはそういうことです。

 では、この場合の「情報伝達」とは何かというと、それは会議におけるコミュニケーションが、議題に沿って滞りなく継起しているということに他なりません。誤解の可能性は排除できないにしても、ある社員の心的システムから発せられた言葉の意味内容が、他の参加メンバーの心的システムによってそれなりに理解され共有されるからこそ、会議は進行していく。いろいろな発言があり、議事録が作成されれば、そこで「情報伝達」が実行されたと見なされるわけです。

――心的システム(社員)の間の「情報伝達」は、その心的システムの作動を制約している上位システム(会社)における出来事だと。

 ここで重要になるのは「どこから見ているか」ということです。個々の社員の心的システムは本来自律的なのですが、その作動のありさまを会社という上位システムから見ると、まるで機械が与えられた役割を果たしているかのように他律的に見える。つまりHACSは、人間が自律的にも他律的にも見えるという、二重性を表すモデルなのです。

――システムは、それを見ている観察者とセットでとらえなければいけない。

 そういうことです。あくまでもAPSとしての性質をもちながら、そこに階層性と(人間による)観察記述という属性を付加したシステム、簡単に言うとそれがHACSだということになります。

HACS(階層的自律コミュニケーション・システム)の概念(『新基礎情報学』P91より引用)

「記憶」の更新

――会社という社会システムにおいて人間が機械と同じように他律的だとすると、人間の仕事がよりデータ処理能力の高いAIに奪われる事態は避けられないということですか。

 それについては、コミュニケーションの継続がもたらす通時的な側面を見ていく必要があります。前述した通り、基礎情報学において情報とは生物にとって瞬間的に「意味作用を起こすもの」ですが、それは同時に「意味構造を形成するもの」でもあります。意味構造とは要するに長期的な「記憶」のことです。

 心的システムや社会システムの構成素であるコミュニケーションは、短期的(瞬間的)に消えてしまうのではなく、継続的に生起することで長期的には「記憶」を形成していきます――この形成作用を「プロパゲーション」といいます。そして、それぞれのシステムにおけるコミュニケーションの意味解釈は、そのようにして形成された「記憶」にもとづいて、自己準拠的に実行されるのです。このことは、われわれ(=心的システム)が辞書(=社会システムにおける「記憶」)を使って言葉の意味を調べることを思い浮かべるとわかりやすいでしょう。

 重要なのは、心的システムはもちろん、社会システムにおける「記憶」も固定的ではなく、まるで辞書が改訂されるように変化していくということです。たとえば昔は、「男性は外で仕事をし、女性は家事をする」というのが社会的常識だったわけですが、今では性別に関係なく働きたい人が働くべきだという価値観に変わってきていますよね。こうした社会的な意味構造の長期的変化が起きるのは、構成メンバーであるわれわれの心的システムが自律的であり、社会的制約を変える自由をもつからに他なりません。

――他律的に見える社会システムにおいても、人間本来の自律性が失われるわけではないと。

 その通りです。社員であれば、たとえ社長の言ったことでも、「ちょっと違うんじゃないですか」と意見を述べられるし、その結果会社の方針が変わるということもありえる。一方AIは、社内コミュニケーションに一時的には貢献できても、インプットされたプログラムと過去のデータにもとづいて他律的に作動するだけなので、システムの作動の仕方そのものに関わるような長期的変化を新しく起こすことはできません。データベースにある事例を提示したり、それらを組み合わせて短期的な最適案を示したりすることはできますが、本質的に新しいことはできない。にもかかわらず、重要な決定をぜんぶAIに任せてしまったら社会はどうなってしまうでしょうか。

――価値観の変化が訪れることなく、社会構造が固定されたまま未来永劫つづいていく……。それは困りますね。

 つまり、人間は、短期的には社会からトップダウンの制約をうけて他律的に行動しても、長期的にはボトムアップで社会の意味構造、価値観を変えていくことができる。それが基礎情報学のHACSの分析で明確にわかります。しかし、この相違点を理解している人が、効率化至上主義で日本のデジタル化を推し進めようとしている有識者の中にどれくらいいるかは非常に疑問ですね。あるいは知っていて、あえてやっているのかもしれませんが。

――既得権益をもつ人にとっては、社会構造が変わらない方が都合がいいですもんね。