学術会議問題
――日本学術会議の任命拒否事件が起きたのが2020年、そして去年(2025年)の10月には学術会議を法人化する法案が国会で成立しました。これらの出来事は学問の自由(制度の自由)への明白な侵害と捉えることができますが、学術会議というのはそもそもどのような機関なんですか。
ひとことで言えば日本の科学者の代表機関(ナショナル・アカデミー)です。政府や社会に対して科学的知見に基づいた提言を行うほか、各国のアカデミーや国際学術団体と連携して、学術の普及や発展に貢献する役割を担っています。たとえば地球温暖化についての国際会議が開かれるといったときに、日本の科学者の代表を選出するといったことも学術会議の職務です。日本にはもうひとつ「日本学士院」というナショナル・アカデミーがあるのですが、学士院はこうした提言や科学政策的なアカデミー外交には一切関与しません。
学術会議の前身は1920年に設立された「学術研究会議」で、日本学士院の前身である「帝国学士院」と比較すると、科学のアカデミーという色合いが強かったようです。設立の背景や学士院との関係については込み入った経緯があるので省きますが、お伝えしておきたいのはこの学術研究会議が、戦前から戦中にかけて、軍事研究への協力を国家に強制されていたことです。このことへの反省を踏まえ、政府から独立して職務を行う機関として現在の日本学術会議が設立されたわけですが(1949年)、ここにきてその独立性が再び毀損されようとしていることに非常に強い危機感を覚えています。
――軍事研究や戦争協力といったことになると、学問の世界だけにおさまる話ではなくなってきますね。
その通りです。学問の自由度と民主主義の健康度には強い相関があるという研究がこの10年ほどの間に出てきており、V-Dem研究所というスウェーデンの研究機関の調査では、権威主義的な国家では民主主義的な国家より学問の自由度が著しく低いという結果が出ています。この調査では「多元主義の否定」という言葉が使われていますが、実際にトルコやロシアといった国で権威主義の傾向が強まる前に、学問の自由への侵害が起きています。
学術会議の任命拒否や法人化といった問題は、アカデミアの外にいる人にとっては、すぐにどうこうなるものではないことはたしかです。ただし、法律が変わってそれが社会や特定の人びとに大きな影響を及ぼすまでには少なくとも数年のタイムラグがあるので、10年後に何が起きるかという視点で見ていく必要があると思います。
学問と社会の距離
――私はこういうサイトを運営しているので学術会議の問題はかなり注視してきたつもりですが、一般の人の関心は必ずしも高いとは言えません。それはいま言われたように、自分とは無関係だと思っている人が多いからだと考えられますが、学問の世界と社会を近づけていくためにはどんなことが必要だと思われますか。
私は正直一定の距離感を保つというか、お互いがあまり意識せずにやれるのでもいいのではと思っています。ただ、それではまずいので変えていこうというのが現代の潮流で、ユネスコやOECDは自ら問いを立てて探求する「主体的な学習者」としての市民を育成することを各国に求めています。社会人が大学院に通ってMBAを取ることなどはその一例ですが、最近は日本でも生徒に研究をさせる高校が(特に進学校で)増えてきています。なので、個々人に対し、アカデミアに近付くことを要求する社会になりつつあるということが言えますし、その距離はこの先も縮まっていくだろうと思います。
――個人的には学問と社会が断絶しているように感じていましたが、言われてみると接近している部分もたしかにありますね。両者が近づきすぎない方がいいと思われる理由はなんですか。
ひとつは現実的な制約の問題です。学問は積み重ねによってできているので、肯定するにせよ批判するにせよ、過去にどのような研究があったのかを精確に踏まえることが絶対的な原則であると言えます。しかし学問的な訓練を積んでいない人の間では、そのことへの理解度や先行研究を調べるための語学力などがまちまちなので、場合によっては齟齬や摩擦が生じてしまいます。いろいろな人が学問に関わることで視野が広がる部分もあるのですが、実際には難しさがあります。
学問の視点から見て私が最も問題だと思うのは、こいつの主張は気に入らないから却下するといったように、主観的で短絡的な判断に委ねることです。学問の根本は時間に抗していくもの、時間を超えて残るものを探すことなので、議論ができないということは学問の死に他なりません。そのため、お互いに検証と解釈を重ね、見解が違えば時間をかけて話し合うというのが最低ラインになるのですが、この要求自体が全員にとって可能かという問題はあります。実際の所、職業や立場によってはそのような時間をかける作業はとても困難です。たとえば、政治家には限られた任期しかありません。情報不足でも有権者のために判断しなければならない場合がありますし、それが期待されてもいます。
――時間に抗するものを探す、という点についてもう少しくわしく教えてください。
アメリカの南部や中西部には信教の自由を背景に、聖書の教えや解釈に基づいて生活している宗教コミュニティが数多くあるのですが、その中にはフラットアース(地球平面説)を主張したり、創造説に依拠して進化論に反対する人が一定数存在します。彼らの活動はある面では学問的で、フラットアースや反進化論にはそれぞれ学会があり、インターネットやSNSを通じた活動によって近年はその影響力を増しているとも言われています。ではそれがアカデミアで主流派になるかと言うとなり得ないわけです。なぜならそれらの主張は、科学にとっては大事な、体系だった懐疑にもとづく検証に耐えるものではないからです。
フラットアースや反進化論のことを総じて「疑似科学」と言いますが、こうした説はたいてい時代遅れの学説なんですよ。反進化論はもちろん聖書に依拠していますし、フラットアースは古代の学説です。この辺はわかりやすいんですが、微妙なのは反ワクチン論で、これは1998年にイギリスの医学雑誌『ランセット』に掲載されたアンドリュー・ウェイクフィールド医師らの論文が根拠になっています。そこから離れられない人たちが活気づいているわけです。
最近『疑似科学から科学を見る」(岩波書店)という本の翻訳に関わったのですが、科学が発展するとその副産物として必ず疑似科学が出てくるというのがこの本の主張です。科学は正しい方が勝ち残って進歩すると言われますが、実は負けた方も残るんですよ。少数派になるけど、なくなるわけではありません。疑似科学はそうした敗者の恨みというか情念のようなものと捉えることができるわけです。
ただしこの勝者と敗者の判断は難しい場合もあり、一旦は敗者とされた側が復活するということも何度か起きています。だからこそ時間をかけて議論する必要があるわけですが、すべての敗者に資格があるわけではなく、多数の反論や反証を無視していたり、第三者が再現できない実験を根拠にしているような学説が復活することは絶対にありません。
――なるほど。自然科学は実証性や再現性といった基準があるのでわかりやすいですが、人文・社会科学の場合は何が正誤の基準になるんですか。
体系だった懐疑を踏まえた検証と解釈という部分は、人文・社会科学と自然科学も共有しています。また、人文・社会科学でも、観察と検証が入る分野は、自然科学ほどではないですが「ある程度正しい」のような判断が可能です。たとえば経済学や社会学、歴史学のように。ただ、全く異なる基盤に立つ学説が体系的に複数立ち上がり、「違う結果だが、両方とも同じくらい正しく見える」ということは起こりえます。
また、人文・社会科学でも法学や哲学のように、何らかの規範体系を扱う内容の場合は、近代的な学問ですと、基本的に世俗的であろうとします。つまり、人間を超える権威の介入を認めません。このあたりは啓蒙思想の後に定着した考え方といえるでしょう。たとえば、私が研究している啓蒙思想家のコンドルセなどは、「聖なる木を切った者は死罪」という宗教の決まりがあるとしたら、人間がそれに従うのではなく、決まりの方が変わるべきだと明言しています。この世のことだけを考えて死んだ後のことは考えないのが啓蒙思想であり人権の基本なので、逆に言うと、それが認められない社会では権力や宗教の都合によって個人の命が失われることになります。そして、後者の社会ではそもそも権力や宗教の都合に背く学問は不可能になります。
国民による暴力
――学術会議に話を戻すと、任命拒否された6名は全員が人文・社会科学の研究者でした。これはどう見ても、自民党政権の政策や道徳観について「ごちゃごちゃ」言いそうな人を排除したということだと思いますが、こうした政権の態度に呼応するように、学術会議はおろか、文系の学問全体を不要視する声がSNS上などで散見されます。
それについては政府だけの意向というより、政府が国民の反応を見ている面があるように思います。歴史を振り返ると、フランス革命の指導者であるロベスピエールは王族や貴族、対立する議員、革命に批判的な市民らを1万人以上ギロチンにかけた「恐怖政治」で知られていますが、彼が急進化する前からパリの民衆はそうなっており、武装して国民公会を取り囲んだりしました。民衆が先に「王を殺せ」と叫び、その要求に応じる形で過激化していったんです。
同じようなことはこの国でも起きています。戦前・戦中の日本では治安維持法によって、反戦を訴える人びとが数多く弾圧されましたが、そのときに国民も一緒になって憲兵に突き出していたという記録が残っています。あいつは共産党だ、などと言って。ところが戦争が終わると一転して、政府に無理やりやらされていた、辛かったなどと供述しています。
――戦時中の日本社会は、軍部によって善良な国民が抑圧されていたという図式で捉えられがちですが、国民の側が進んで権力に協力していた部分もあるんですね。学術会議叩きと重ね合わせると、そら恐ろしい感じがします。
学術会議についての発言を調べた仁平典宏さんの論文によると、学術会議を激しく批判する人には権威主義的な傾向が見られるそうです。端的に言えば、異論を力で抑え込むことを良しとする人たちです。一方、そこまでではない人にも共通する傾向があって、それはお金を出している人の言うことは聞くべきだという考え方です。学術会議に予算をつけているのは政府なんだから従うのが当然だと。こうしたことを踏まえると、学術会議や学問の自由の問題については、二層、三層で見ていく必要があるように思います。
(取材日:2026年1月7日)


