聖書に記されているエピソードを、非現実的な金地背景上で展開していた中世美術とは異なり、パドヴァのスクロヴェーニ礼拝堂壁画(第28~30回)やアッシジのサン・フランチェスコ聖堂壁画(第31~33回)では、現実世界と連続するような空間が画面内に再現されています。そのため同時代の人々は、まるで自分の目の前で聖なる物語が繰り広げられているかのように思えたのです。

 この際にジョットが行った工夫は、彫像的な人物像や3次元的な空間の表現だけではありません。スクロヴェーニ礼拝堂の「ヨアキム伝」連作[図1 上層部]に見られるように、隣接する場面を構図的にうまく連動することで、物語の中に流れている「時間」の経過をできるだけ自然に提示しています(第29回コラム参照)。それは中世の聖堂装飾にはまったく見られなかった革新的な表現です。

[図1]パドヴァ スクロヴェーニ礼拝堂右側壁

 一方、ピエトロ・ロレンツェッティは、《最後の晩餐》[図2]を描く際に背景を星空にして、この出来事が夜に起きたことを明示しています。

[図2]ピエトロ・ロレンツェッティ 《最後の晩餐》 1310年代後半

 初期キリスト教時代から何世紀にも渡って繰り返し取り上げられているこの主題を、明確に「夜」として表した作品は、おそらく西洋美術史上、この壁画が最初であるように思われます(第32回コラム参照)。

 この《最後の晩餐》を含む「キリスト受難伝」が描かれているサン・フランチェスコ聖堂下堂の左翼廊は、桶型穹窿(おけがたきゅうりゅう)の壁面になっています[図3]

[図3]アッシジ サン・フランチェスコ聖堂下堂左翼廊

 そこでは物語における時間の流れを表すことは、スクロヴェーニ礼拝堂のような側壁装飾よりも難しかったはずです。そうした条件の中、ロレンツェッティがどのような工夫をしたのかを見ていきましょう。

ゲッセマネの祈り

 イエスは「最後の晩餐」の後、弟子たちを連れてエルサレムの城壁の外にあるオリーヴ山のゲッセマネに行き、そこで神に祈りました(『マタイによる福音書』 26:36-46)。この場面は本連作では描かれていないので、ロレンツェッティの師とされるシエナの画家、ドゥッチョによる板絵(1308-11年)[図4]を見ながら聖書の記述を確認していきましょう。

[図4]ドゥッチョ 《ゲッセマネの祈り》 1308-11年  シエナ 大聖堂付属美術館

 画面中央ではイエスがペテロ、ヤコブ、ヨハネの3人の弟子に対して、「ここを離れず、わたしと共に目を覚ましていなさい」と命じているところが表されています。その後、イエスは彼らから少し離れたところで、「できることなら、この杯をわたしから過ぎ去らせてください」と神に祈るのですが、その様子は画面右側に描かれています。

 「最後の晩餐」の際にイエスはワインの入った杯に感謝の言葉を述べた後、「これは、罪が赦されるように、多くの人のために流されるわたしの血、契約の血である」と弟子たちに語っているので、ゲッセマネでの祈りは、できれば十字架上の苦難を避けたいというイエスの願いを表しているのでしょう。

 師が弟子たちのもとに戻って来た時、彼らは師の命に背き眠っていました。その様子をドゥッチョは画面左側で表しています。弟子たちを起こした後、イエスは再度、山を登っていき、「父よ、わたしが飲まないかぎりこの杯が過ぎ去らないのでしたら、あなたの御心が行われますように」と語りかけます。神からの反応がないまま、イエスは再び弟子たちのもとに戻って来るのですが、彼らは忠告したにもかかわらず、眠り続けていました。

 そしてイエスはもう一度、山に登り、2回目と同じ言葉を神に伝えました。もはやこの時には、神の意志に従って杯を飲むこと、つまり十字架上で血を流すという覚悟を、彼は決めていたのでしょう。

 ドゥッチョは神への祈りと弟子との対話をそれぞれ1回にまとめて2場面として描いていますが、ここには少なくとも6つの異なる時間に起きた出来事が一画面中に表されているのです。それは初期キリスト教時代から用いられている「異時同図」と呼ばれる伝統的な表現法です。

イエス・キリストの逮捕

 3度の祈りの後、イエスはいまだに眠っている弟子たちを起こし、「人の子は罪人たちの手に引き渡される。立て、行こう。見よ、わたしを裏切る者が来た」と伝えます。その言葉通り、ユダがユダヤ教の祭司長や群衆を引き連れてやって来るのです(『マタイによる福音書』 26:47-56)。その様子をロレンツェッティは《最後の晩餐》に続く場面として表しています[図3 ④]。

 ユダはあらかじめ、「わたしが接吻するのが、その人だ。それを捕まえろ」と群衆に伝えており、イエスに近づいてきます。ロレンツェッティの壁画[図5]では、画面中央に真っ赤なマントを羽織ったユダが前かがみになりながらイエスに挨拶をしており、それを合図に左側に立つ祭司長が群衆に彼を捕らえるように命じています。

[図5]ピエトロ・ロレンツェッティ 《キリストの逮捕》 1310年代後半

 冷静な表情を浮かべたイエスはユダに視線を向けながらも右側の男に祝福を与えていますが、これはペテロ(画面右端)が剣で切り落とした大祭司の手下の耳をいやしているところです(『ルカによる福音書』 22:51)。

 画面左側には崖の上にエルサレムの街並みが描かれ、そこから大勢の兵士たちがオリーヴ山に向けて押し寄せてきます。一方、反対側では弟子たちがその場から逃げていこうとしていますが、最後尾で振り返っている弟子は、師を残して立ち去ることへのやるせなさを感じているようです。

 彼らの手前に置かれた岩山は、反対側の崖と対になっており、舞台の袖のような役割を果たしています。つまりオリーヴ山というステージに上手から兵士たちが入場し、下手から弟子たちがはけていくように画家は見せているのです。

時間の移行

 《キリストの逮捕》[図5]においても背景は《最後の晩餐》[図3]同様、星空になっていますが、大きく異なる点がひとつあります。それは月の位置です。《最後の晩餐》で天高く輝いていた月は、ここでは山の稜線に沈みつつあります[図6]

[図6]図2の細部(左) 図5の細部(右)

 イエスが逮捕された時間帯は福音書に明記されていませんが、オリーヴ山で神に祈った後に起きた出来事なので、ロレンツェッティは夜明け前と想定したのでしょう。実際、月とは反対側の崖はピンク色に染まっています。

 したがってこの画家は2つの出来事が生じた時を特定しているだけではなく、月の位置を動かすことで時間の経過ということも合わせて表現しているのです。ただし、《最後の晩餐》で左側が光っていた月が、《キリストの逮捕》では右側が輝く三日月になっていますが、このような変化は一夜の内ではありえません。

 つまり画家は自然観察に基づいた正確な表現をしたかったわけではなく、2つの出来事の間に数時間の時の経過があったということを、壁画を見る者に直観的に把握させようとしたのではないかと思われます。このような表現は中世美術においてはもちろん、彼と同時代に描かれたスクロヴェーニ礼拝堂壁画でも見ることはできません。

 月の位置で時間の特定とその移行を表し、それによってふたつの連続する場面をつなぎ合わせようとすること、それこそがピエトロ・ロレンツェッティが本連作で行っている新たな試みと言えるでしょう。

 また彼は《最後の晩餐》[図3]で見られるように、同時代の世俗建築を描くことで、聖なる場面を現実の出来事のように再現しました。世俗建築と時間の連続性、このふたつの要素をしっかり継承したのが。弟のアンブロージョ・ロレンツェッティです。

アンブロージョによる「時間」の表現

 現在、フィレンツェのウフィツィ美術館蔵のアンブロージョによる板絵[図7]は、もともとこの町のサン・プローコロ聖堂に飾られていました。そこには『黄金伝説』(1267年頃)に記された聖ニコラウス(270頃-343年)の奇跡が5つの場面で展開しています。

[図7]アンブロージョ・ロレンツェッティ 《聖ニコラウスの奇跡》 1332年頃 フィレンツェ ウフィツィ美術館

 ある町に聖ニコラウスをたいそう崇拝する男がいて、彼は毎年、この聖人の祝日(12月6日)を祝っていました。その年も司祭たちを招いて、息子のために祝宴を開催したのですが、その様子が画面右上の部屋で再現されています[図8]

[図8]図7の細部

 室内に置かれたL字型のテーブルに8人の聖職者が腰かけ、入口には2人の召使いが料理を運んできています。部屋の左端に立ち、客人たちをもてなしているのがこの家の主人でしょう。

 宴の最中、ひとりの巡礼者が家を訪ねてきて施しを乞うたので、家主は息子に対応するように命じます。ところが息子が玄関まで来ると、その巡礼者は姿が見えなくなっていたため、後を追いかけていきました。この板絵では『黄金伝説』の記述とは異なり、階段の踊り場に立つ巡礼者が息子に降りて来るように手招きしています[図9]

[図9]図7の細部

 テキストには、十字路まで走って来た息子を悪魔に変装した巡礼者は絞め殺すと記されていますが、アンブロージョは十字路を階段の下に変更しています[図10]。それは物語をスムーズに展開するための工夫でしょう。

[図10]図7の細部

 愛息の不慮の死を知った父親はその遺体を寝室に運び入れ、悲しみのあまり叫びました。「いとしい息子よ、どうしてこんなことになったのだ。聖ニコラウスさま、つねづねあなたさまにこころから尊崇をささげてまいりましたことの、これがむくいなのでございますか」(訳:前田敬作・今村孝)。1階の寝室[図11]では、ベッドに横たわっている息子の傍らで、母親らしき人物が悲嘆にくれる一方で、父親はひざまずいてニコラウスへ向けて祈っています。

[図11]図7の細部

 この聖人は画面の左上、第2場面における悪魔の背後で黄金色に輝く姿で表されているのです[図9]。

 父親が繰り返しこの聖人に呼びかけたところ、息子は眠りから覚めるように元気に起き上がりました。画家はこの奇跡を2本の線で実に巧みに表現しています。聖人の口から遺体に向けて発せられている線は「命の息」を、そして彼の右手から蘇生した子供に向けられている線は「神の祝福」を表しているのでしょう。

 アンブロージョは『黄金伝説』に記された聖ニコラウスの奇跡を、①祝宴、②悪魔からの誘い、③絞殺される子供、④死亡した子供、⑤蘇生した子供に分け、それらをひとつの画面内に連続的に再現しているのです[図12]

[図12]《聖ニコラウスの奇跡》の場面展開

 彼の師とされるドゥッチョも異時同図を採用していますが[図4]、それは単純に画面の左右に「弟子と対話するイエス」と「神に祈るイエス」を配しているだけでした。それに対してアンブロージョは世俗の建物と階段を巧みに活用して、5つの場面を画面内で複雑かつ円滑に展開しているのです。

 ジョットに始まる聖なる場面の現実的な表現は、ロレンツェッティ兄弟によって、さらなる飛躍を遂げたのです。