民主主義は生き残れるか前編】

宇野 重規
interview #026
政治に参加する平等な権利を一人ひとりの市民に保障する民主主義。日本で暮らしていると当然のことのように思えますが、世界では、民主主義国家はむしろ少数派に属するそうです。この先、民主主義ははたして生き残れるのでしょうか。生き残るためには、何が必要なのでしょうか。民主主義の辿ってきた歴史から考えます。東京大学社会科学研究所 宇野重規教授のインタビューです。
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  1. 参加と責任のシステム
  2. 君主制、貴族制、民主制
  3. 共和制という発想
  4. 議会とは何か

参加と責任のシステム

――民主主義は古代ギリシアからはじまったとよく聞きますが、起源を考える上でポイントになるのはどういったところですか。

 民主主義の起源をどこに見るかというのは、実は論争の的です。クリティカルな研究者ほど、古代ギリシアとは言いたくない。もっと多様であるという意見が近年特に多くなっています。

 デモクラシーの語源は古代ギリシア語のデモクラティア」なので、そういう意味では古代ギリシアで生まれたことに間違いはないのですが、この言葉を構成しているデーモス」=民衆)は、古代ギリシアに限らず、当時のメソポタミアで広く使われていました。このことから、みんなが集まって何かを決めるということは、少なくともメソポタミアの各地で起きていたのではないかという議論があります。

 最近でいうと、ネイティブアメリカンのイロコイ族」の集会が合衆国の建国に影響を与えた――学説的には論争気味ですが――ということで、連邦議会が先住民への感謝を決議したことが話題になりました。つまり、集会による意思決定そのものは、人類が広く世界中で行ってきたことだと思います。

 ではなぜ、古代ギリシアが起源といえるのかということですが、先ほどのデモクラティアという言葉。これはデーモスとクラトスに分解でき、後者は力とか支配を意味するので、直訳すると民衆の力」民衆の支配」といった意味になります。この対義語にあたるのは例えばアリストクラティア」で、優れた少数者の支配」という意味です。つまり、王様や貴族といった一人もしくは少数者ではなく、その社会で多数を占める人びとが自ら意志決定を行う政治体制。それが最初に確立されたのが古代ギリシアだったわけです。

――単に集まって何かを決めるというのではなく、民衆の支配」と呼ぶところまで理論化されたわけですね。そのデモクラティアは、どのように実践されたんですか。

 古代ギリシアのアテナイではプニュクスと呼ばれる丘に人びとが集まり、軍事や外交を含む政策について代わる代わる演説をして、最終的には議案を採決にかけました。これを民会」といいます。ポイントはアテナイの全市民――といっても女性や奴隷が排除されていたり、男性市民でも父親がアテナイの市民であることが条件だったので重大な留保付きではありますが――が民会に参加し、平等に発言する権利を持っていたということです。

 もちろん、発言したからといってその通りの決定が下されるとは限らないのですが、誰もが自分の意見を述べ、他の人の意見も聞いた上で結論を出す。そして、そこで決まったことに関しては、たとえ自分の意見と違っていても、自発的に従わなければいけない。このことが非常に重視され、貫徹されました。

――みんなが参加することにこだわったのはなぜでしょうか。

 古代ギリシアに限らず、われわれにとって嫌なことは何かって、自分の生活や未来に影響を与えるようなことが、自分の知らない所で勝手に決められることだと思うんです。だから、自分の思った通りに決まるかどうかはともかく、少なくとも民会に参加し、望むらくは自分も発言して、意志決定のプロセスに関わったという実感を持つことが大事だと考えたのではないかと思います。

――たしかに、自分が関わったと思えば、決まったことへの責任感も生まれそうですね。

 ですよね。それに、民会における発言は実際に責任を問われました。誰がどんなことを言ったかはちゃんと記録されていて、たとえば、ある発言がきっかけで無謀な戦争になったということがあれば、その発言の主は後で厳しく追及されたんです。

 ここまで徹底して人びとが参加し、その結果としての責任を追及する仕組みは、古代、あるいは近代を見渡してもなかなか例がありません。ですから私は、教科書通りで、学者の間では守旧派と言われそうですけど、民主主義の起源を古代ギリシアに見る立場をとっています。

うの しげき 宇野 重規
東京大学社会科学研究所 教授

東京大学社会科学研究所教授。政治思想史・政治哲学。フランスやアメリカの政治思想史や政治哲学を研究してきたが、日本の政治思想や現代日本政治についてもメディアなどで積極的に発言している。トクヴィルにならって地域からの民主主義を追跡すべく、岩手県釜石市や島根県の海士町などでフィールドワークを続けている。