まだ 生きている としたら 余命を 生きている のか それとも 奇跡的な 夢の延長を 鏡の向こうで 生きている のか 誰かのような 顔をした 死人の 輪郭を 指で なぞろうとして 昼間の光では 視えない 陽炎が 浮き上がる 仄暗い 闇が 混ざっている 

誰かである 証拠を 探すには 指紋の渦に 溶け込んだ 夢の切れ端を つまむより 中空に ぶら下がる 耳朶のあたりから ひだを触って ゆっくりと 耳孔に沿って 指を 差し込んで どこまでも 深く 入っていく 一本の指 それは 死に 吸われる 蝶の舌 そんな 耳に 聞こえてくるのは 死につつある 予兆の音 旋律のない 無限の音 顔を近くに寄せて 息を吹きかけて 上唇と 下唇で 舐めて しゃぶってみても 声にならない 失われた残響が 耳底で 回転している 

明日は 病院に いくことになる あるいは 迎えが くる 足の甲の 青黒い静脈が 膨れて 皮下を這い 誰かの 顔のように 視えてくる その顔を 視ることができない 指紋まみれの 鏡の表面に 片方の耳を 貼りつけて 耳が左右あることを 忘れる 向こう側では 鏡に貼りつけられた 誰かの 耳で 偽りの声が 鳴り響く

 

「あの、インコ、喋るんだよ」、布団を、頭まで、被って、男の子が、そんなことを、語り始める<ふつうのひとは存在しない>それを、隣で、笑いをこらえて、訊いている、「エサ、やらなくちゃ」、「エサは、おばあちゃんが、あげている」、どうやら、そのインコは、おばあちゃんの前では、喋れないフリを、している<手話の動きは沈黙に先行する>すごく、近しい、関係の、はず、なのに、いままで、こんなに、親しく、話したことが、なかった<ロールシャッハテストが必要になる>誰なんだろう、ふたりで、布団の中の、暗闇で、会話している、畳の上に、じかに、置かれた、鳥かごの、止まり木には、無言のインコが、いる<空間は因数分解されている>ひどい、癲癇発作があって、それが、始まると、身体が、どうしようもなく、捻じれて、限界まで、捻じれた、ところで、意識が、飛んで、しまう、それが、わかっている、そんな病気が、男の子に、うつらない、ことを、祈っている<左右の非対称性が壊れている>インコは、その、男の子の、前だけでは、喋る、らしく、どんな言葉を、喋るのか、忘れて、しまった、どうも、おばあちゃんのことを、小バカにしている、ようで、ある。

オニヤンマなのか、巨大な蜻蛉が、男の子の、青い帽子の上に、とまっていて、その男の子が、こちらに、向かって、走ってくるので、慌てて、虫取り網で、蜻蛉を、捕まえようとするが、どうしても、男の子も、一緒に、網に入ってしまう<風景が冷温停止している>蜻蛉の、耳は、どこにあるのか、羽を掴んで、目玉の後ろあたりを、虫眼鏡で、拡大してみても、耳らしきものが、見当たらない<落とし物は拾われない>「お~い」、声をかけてみても、目玉を、ギョロギョロするだけで、突っ込んだ、指は、子供の耳に、入ってしまって、いる、いじりすぎた、のか、片方の目玉は、堕ちて、しまって、脳味噌を、掻き混ぜて、いる、しょうがないので、子供の目玉を、蜻蛉に、つけて、代わりに、剥いだ羽を、子供の背中に、つけてやることにする<夢は同調している>こんなことを、しても、小学校の、通学路を、歩いている、子供も、反対方向に、歩いていく、大人も、何も言わない<遅延した光を浴びている>しまいには、蜻蛉と、子供が、混ぜ合わされて、しまって、それが、飛ぶのか、飛ばないのか、じっと、見守っている。

今時、見かける、ことのない、白い、ランニングシャツに、半ズボンの、小太りの男の子が、すぐ、脇を、でかい声で、歌を唄いながら、走り回っている<小数点は頭部に打たれる>その、音程の、外れては、いない、歌らしき、繰り返し、子供が、口遊む、歌詞に、聴き入ると、「くってぇ、はいてぇ、しんこ、きゅう~」、どうも、そう、聴こえる、もう、誰も、その、男の子を、止める、ことはできない<置き忘れた思いが追いかけてくる>一度、調子に乗らせたら、眠くなって、布団で、くたばる、まで、遊び続けて、しまう、夜も十時を、回っている、残りの、二時間を、唄い尽すのかも、しれない、そして、時計の針が、真夜中を、さす頃は、あの世に、いるはずである。

空が暗くなり、雷が鳴り響いたかと思うと、雨が降ってきて、急に、寒くなり、その後ろ姿から、ネットをやっているんだな、と想像してはいたが、どうやら、神経症的な、トランプのゲームを、延々とやり続けている<虚数の海にいる>目の前にいる女性は、一体、誰なのか、違う場所で、違う女性が、同じように、神経症的な目をして、延々と、そのゲームをやっている、光景に遭遇したことがある<構造が光になる>ただ、カードを並べて、時々、カードが吸い込まれるように、消えていく、その光景が、目の前で、繰り返されている、今、目の前にいる、はずの、女性が、一体、どちらなのか、誰なのか、後ろ姿だけからは、もう、わからなくなってきている。

慌てて、電車から、飛び降りたが、誰もいない、改札もない、駅舎もない、ホームだけの、駅で、逆の方向へ、向かう、電車も、来る気配もない<辞書にない言葉で喋る>眠ってしまって、それも、一本、乗換えた、はずが、それにも、かかわらず、また、眠って、しまった、らしく、終点まで、行って、折り返しの、電車で、また、同じところまで、帰ってきて、しまった<因果関係から解放される>場末の、ポルノ映画館のような、場所で、映画を、観にきた、はずだった<二十一世紀の神様は人工授精で産まれる>外観は、家の、ようだが、その中に、十数人分の、客席のある、シアターで、ただ、玄関の土間に、ワニが、放し飼いに、されていて、縁側から、中に入る、しかない<時効のない犯罪をリーマン変形する>戻って、きて、しまったので、また、同じ映画を、観ることにして、シアターに、立ち寄ると、二回目の上映を、やっている、それが、同じ映画の、はず、なのに、全く、違う映像が、映写されている<時間を原子崩壊する>前列には、見覚えのある、女性が、こちらを、無表情で、見つめている。

変な、ガスでも、たち込めているのか、どうも、電波の繋がりが、よくない、いつもより、飛行機の音が、重く、聞こえてくる、ので、もしかしたら、雲が、空を覆っているのかもしれない<人体は暗数化される>どこかで、似たような、話を、誰かが、していた、ような、気もする<寝言を喋る男と歯軋りの激しい女が乖離する>電車の座席の、目の前の、男が、笑ったり、髪を掻き毟ったり、指を鳴らしたり、笑ったり、それを、繰り返して、いるのも、そのせいなのか、それとも、その男の、何かが、吸い上げられて、いるだけ、なのか、確かめるために、隣の男を、眺めてみると、中途半端に、持ちあげられた、左手は、宙をさまよっている<アルゴリズムに間違いがある>いずれにしろ、早く、家に帰った、ほうが、いい、蒸し暑い、はずなのに、時々、寒気がする、でも、そんな時に、限って、目の前を、電車が、通り過ぎて、いったり、乗り継ぎの、電車が、来なかったり、「特急電車の通過待ちのため、少々、停車致します。発車時刻は、二十三時二十五分になります、少々、お待ちくださいませ」、そんな、アナウンスで、もう、何時間、こんなところに、いるのか、わからなくなって、いる。

こんな、雨の夜には、誰でも、非常停止ボタンを、押したく、なるのか、それとも、週末には、酔っ払いが、それを押すのが、流行でも、しているのか、乗り継ぎ駅の、改札前は、反対方向に、向かう、人の山で<バリカンで頭を刈られたような気まずさにも主語はない>そこを、さっさと、通りすぎて、別の路線の、改札を過ぎると、その、どこかに向かう、電車も、三十分ほど、遅延している、ようで、そう、書かれた、赤い文字が、電光掲示板で、人知れず、不安を、煽っている<過去は嫌気的に溶ける>それでも、疲れた顔をした、男たちが、階段から、這い上がってくるので、急いで、階段を降りると、そこにいるのは、こんな時に、限って、発車間近の、特急列車で、しばらく、待って、遅れて、やってきた、普通電車に乗って、次の乗り換え駅まで、行ったは、いいものの、そこでも、駅のホームには、「現在、安全確認のため、ひとつ手前の駅で、停車しております」、そんな、アナウンスが、流れているだけである、もう、あと、数分で、深夜、零時である。

「ぼくらは救われたんだ!」、左隣から、突然、男の、叫び声がして、鼻歌らしき、声が、控えめに、聞こえてくるので、見るとは、なしに、様子を、伺うと、一席、空けた、扉に近い、座席に、若い男が、座って、いる<常識が消えてしまえば朝になる>「乗務員の体調不良のため、交代の乗務員が到着するまで、停止しております、お急ぎのところ、誠に、申し訳ありません」、そんな、車内アナウンスが、繰り返されている<視界は遠赤外領域で透明である>交代要員は、それまで、どこで、なにを、していたのか、ゆっくり、動き始めた、電車は、次の駅に着いて、待たされていた、客が、大勢、ホームから、乗り込んできて、また、動き始めた、途端、左隣から、意味不明な、言葉が、聞こえてきた<手首のない言葉は液体に近づく>その声に、呼応したのか、対面に、座っていた、男性が、俯き加減に、首を、左右に、振り始めて、目の焦点が、どうも、合っていない、寄り目の、瞬きを、しない、黒目で、窓の外に、視線が、いくたびに、笑うのを、繰り返している<告白はシグモイド曲線を描く>右隣に、座っている、女性も、他の乗客も、何も、起こっていない、かのようで、他の車両より、混雑していない、最後尾の、この、車両は、寝ぼけた、朝の、健忘症のような、空気が、維持されている、車掌室に、誰かがいる、気配がする。

上下に、激しく、ヘッドバンギングを、繰り返している、それが、時々、斜め横に、なって、隣に座っている、こちらの膝に、頭を打ちつけそうになっている<値札のついた顔がぶら下がっている>まだ、午後六時前で、土曜のせいか、それほど、電車は混んではいないが、マスクをした、アーミールックの、女性は、なんで、そんなに、眠いんだろう、悪いクスリを、やっているわけでもないだろうし、よっぽど、疲れているのか、何を、やっていたのか、どこに向かっているのか<黒猫が二匹入り交じっている>ますます、振れ幅が、激しくなって、座席から、ずり落ちそうである、そんな、雨降りの夕方、なんにも、いいことがない、そう、思っている、男の膝で、眠る女がいる。

「ベル押してくれればよかったのに、いつ来たの?」、小太りの男が、どこからか現れて、そんなことを云う<急激に裏切られた花は嘘をつく>「一時過ぎかな」、横になっていた、ソファーから身体を、少し持ち上げるが、頭は、まだ、眠っていて、ここが、どこかもわからない、「もうちょい寝かせてよ」、「ここじゃ、困るよ、泊まってく?」、「わかったよ、もう、いいよ」、どうも、ホテルのフロントらしい<黒いクロッカスは定義される>そして、その男は、ホテルの、主人のようで、怪しげな男が、宿代も払わず、フロントのソファーで眠っているので、困っているようである<蝶番のない会話は腹話術に近似する>赤いマットレスの敷かれた階段を降りて、外に出ると、ビジネスホテル、そう書かれた、赤いネオンが見える、それにつられて、昨夜、そのビルの階段を登っていったのかもしれない、三階の狭いフロントロビーで、眠っていた。

 

風が吹いている つい今しがた 扉が閉まって 電車は行ってしまい 置き忘れられた 男と女が数名 全ては 思考停止している 見慣れた いつもの 歯科医院か 婦人科の広告だけで 他には 裸の コンクリートの壁 足りないのは 時間を捻じ曲げる 消えてしまった左手 隣に座るひとりの男 名前は 知らない かすかに 呟きつづける 意味もないことを くしゃくしゃにしたティッシュ きょろきょろしながら 乳母車に乗せられた 子供の白い靴下 伸びきった脚 それがゆっくり動いて 電話中の母親のスカートが揺れる 光が差し込んでいる 何も夢見ない 誰にも祈らない