序にかえて

「書かれたもの」(書かれてしまったもの)として、取り扱って頂き、感謝します。詩なのか、戯曲なのか、小説なのか、わからないと思いますが、この文字列の目指すところは、意味やイメージに隷属しない「言語固有」の臨界点(消滅点)になります。視覚的映像でもなく、聴覚的音楽でもなく、言語でのみ到達可能な景色とはどんなものでしょうか。土方さんの『病める舞姫』もそうですが、読んでしまった途端、言葉が頭の中で声になり、神経回路がショートして、その焼け焦げる匂いだけが残る気がしないでもありません。ここまでの2章は序章になりますが、構成の都合上、第1章の副題を、〜全てのオッド・ジョンに〜 から、〜吃音体〜に、変更させて頂きます。カトウさん、ノボルさん、そして、もし、寛大なる読者の方がおられるなら、これからも、御付き合い頂けると幸甚です。

 脱落体

「ねえ、クルカジって何?」、「クルって、あのね、あの」、「狂った?」、「あの、クルちゃん」、「あの人を、狂ったクルカジって、言ったの?」、「本人のいないところで言って」、「それで、なんかクルカジって、本人の夢に出てきて、すごく嬉しいです、って」、「ヒドマゴ以来、こういう名前でたの、珍しく」、「ラジオ、やってるんだけど、すっごい喋る人で」、「でも独特の感覚で」、「だからラジオで聞いてなくても、その夢があって、ずーっと喋ってる」、「気持ちよくて、異常で、難しい漫画のストーリーを全部、最後までお話してるから」、寄り道、するたびに、入れ代わる、擬態の、蝶の、空の、不在で、そこから、白墨で、描かれた、矢印、どおりに、辿って、いけば、人の形に、揺れる、煙の、薄暗がりの、あばらを、縫って、合わせた、固体になる、焦点の、外れた、被写体の、複製に、ありがちな、錯乱も、見受けられ、無意識に、反省して、もし、それでも、帰りたい、のなら、不安の、耳の、垂れた、耳朶の、裏を、舐めて、めくって、首から、上だけ、持ち帰る、それにしても、魚の、顎を、砕いた、右手に、食事前の女を、漂白した、模型の、猿に、入れ墨する、必然もなく、こびりついた、影になって、暗転する、背中に、雨を降らせる、昨日の、言葉に、指を、差し込んで、問い詰めたり、無音の、虹に、射貫かれて、凍った、死角の、街路を、切断する、速度になったりする。

「異常な、狂ってない、子供は来てるの?」、「来てない」、「狂った方も来てないの?」、「どっちも来てないの?」、「どっちかわかる」、「狂った方は来てるんだよ」、「来てるの?」、「あ、やばい」、「なんで?」、「だから狂った方は来てなくて」、「だから、来てないって、言ってんでしょうが」、「どっちも?」、「夢みた時に、狂ったとか、わかるから」、「どっちかは来てるって思う」、「狂った方は来てないよ」、「狂った方もね」、「えーっと、狂った方は来てた」、「けど、会ったけど忘れてた」、「もういいよ、混ぜとけばいいんじゃない」、「だって、クルカジは女性なんだよ」、「狂った女性の」、「面白すぎだな」、「面白くない、って」、「なに、そのジェラシー」、「ジェラシーじゃない、って」、「今、かなりマイナスの状態で入ってきてるから」、裏返された、感情が、うっすら、表面に、付着している、その匂いに、惹きつけられた、寄りどころのない、思い出や、日没の、残光が、周囲を、彷徨いている、それを、そのまま、深夜に置き換えれば、布団に巻かれて、朝には消える、老人の抜け殻になる、それも、体重計の上だけで、育ってきた、掴みどころのない、不安が、知らないうちに、卵割されて、真昼に、高熱を出している病人のように、吸われてしまった、のかも、しれない、背中に、落書きされた、他人の、記憶を、鏡で、見ても、過去には戻れない。

「あ、もういいよ。これ飲んだらもうアウトだな」、「なんか全然飲んでない」、「頭は痛くない」、「ない?じゃ、飲んでないでしょ?」、「いつもより飲んでない」、「あのね、量じゃないんだよ、質なんだよ」、「で、どんな場所だった?」、「施設に入ったって」、「この間、会ったんだけど、過去のことはずっと喋るんだけど、未来のことは全然わからない」、「リールを持って帰ってくれ、って」、「まだ、テレビで戻るんじゃないかな」、「いいねとか、一応、反応してんな、って」、「その程度で、どうなのかな?」、「昔、覚えてることは、覚えてる」、「でもね、まだ、再生すると思う」、「なんか最近、画期的な、再生する技術ができたの?」、「あれは、テープレコーダー、いるやつだよ」、「まだ、若かったから、死なないと思ったし、まあ、戻ると思ったけど、時間かかる」、「やっぱね、再生するまで」、「わかってる?」、「わかんない」、「大丈夫?」、寂しさに、感染している、ような、人混みの中に、あって、行方不明の、針に刺された、昆虫の、甲羅は、さっくり、割れて、匙のような、ものが、薄気味悪く、動いている、あてどのないものだけで、飽和したような、匙の軌跡は、もう、辿れないものに、なって、醒めたり、眠ったり、その、記憶の、蛇が、縮み始めている、しかも、その蛇を掴んだ、手が、骨である、ことを、忘れて、片腕、飲み込まれているような、日陰も、それなりに、あって、そこで、一息ついている、背骨さえ、耳をすませば、悲鳴も、関係性になる。

「伝わってますよね、届いてますよね」、「ちゃんと指令受けましたね」、「ピリピリピリピリピリ伝わってますよね」、「聞こえますか?」、「やめてくれる?聞こえない」、「感じてますか?」、「感じてない」、「感じますか?じっとしているときに届きますから」、「お姉さんやめてくれる?」、「身体は私たちの機械です、そこに私たちの感情はありません」、「働くロボット?」、「働く神経です」、「私たちが伝えることが、あなたの幸せであることを、私たちは充分に知っています」、「私たちは消えてから、あなたの中から、私たちが消えることが、あなたの幸せです」、長い昼寝から覚めた、顔には、どことなく、場違いな、腐敗した眼をつけた、隙間だらけの空白や、これといって特徴のない面影だったり、物陰から現れては、一瞬、生きられてしまった、鶏の首を絞めたような液体に、他人が残っていたりする。そんな生煮えの忘却には、光を剥製にして、凍死した、花の芯で、割り箸が裂かれて、一本足で立っていたり、静かに近寄ってくる水面から、這い出てきた水死体が、膨れ上がって、左右が消滅している、目と目の間に刺さった日傘が、渇いた思考の傷や、それを呼ぶ声そのものだったとしても、もう、身体の内側の、奈落に消えていった、妊婦は、過敏に感光して、二度と帰らない。 重いより、軽いほうが、沈みやすい、そんな、わかりきった、問いかけも、涎を垂らす、犬に咥えられて、運ばれてきた、風に吹かれた鴉も、頭の中の小さな弾痕に、目玉をつけた風景も、疲労の下で見慣れた破壊も、正体をなくして、身体の中に、際限もなく墜落して、模倣され、嫉妬の周りで焼かれた、波打ち際に、打ち上げられる、カリエスの、背蟲に齧られた、皮膚の上に、もう一枚、皮が、貼り付けられる、ことになる。

「みんな待ってたんだけど」、「あれ、針が折れて」、「吸ってて」、「最後、針が折れて、いきなり」、「別に生きる気がなかったから、あそこで」、「みんな、頭おかしくなってきてるから」、「大丈夫かどうか、ちゃんとどっちかで、チェックして」、「もうここで水遊びしよう」、「もう、水はいらないから」、「違う」、「こういうのは、花にあげて」、「花にあげるんだよ」、「水は、花にあげるに決まってる」、「リズムで生きてないから、運がいいだけ」、「いや、そんなに運のいいやつはなかなかいないんじゃない」、「目が薄ら透明、そういうことがあったかな〜、って」、「そういう気持ちを触って、あったよな〜、って、バカッと入ってくる」、「地下鉄の駅で、いつの日か、目暗になる」、「あ、やっぱ、砂漠の真ん中でしょ」、「そうだね。あそこだけ、火のように、燃え上がって、周り、真っ暗」、歯型に、視えなくもない、手の甲に、彫られた、畸形の、猿が、立ちあがろうとする、ので、親指の、爪を切る、夕刻、もう、凪いでしまった、複数の、足跡に、闇が、湧いて、帰れない、子供は、裏表が、消えている、いい加減な、噂には、それなりの、舌先が、貼りついて、いるもので、それが、眠気を、呼んでいるのか、遠くで、背中が、剥けた、悲鳴のような、音が、聴こえなくもない、嘘鳥の、鳴く声か、そんな、鳥が、いるはずも、ない、その、嘘鳥が、喋り始めると、半ズボンを、履いた、子供が、集まってきて、夏の、両足の、靴を、脱いで、それをちぐはぐに、交換しては、別の、大人に、成長していく、そんな風景を、黙って、眺めている、うちに、顔には、黒い、斑点が、沁みついて、しまう、ので、言葉の、背中に、もう一度、朱色で、裏書して、所在を、確かめる、必要も、出てはくる。そういえば、指もなければ、掛け算さえ、できなくなった、そんな男に、拾われて、長い間、旅をしてきた、風も、吹いては、いた、それが、畳に、正座した、老婆の、歯茎に、しゃぶられて、肺を、金魚に変えている、入れ歯は、どこに、置き忘れられたのか、埃っぽい、家の中で、竜巻が、いくつも、立ち昇っている、残った、湯呑みの、端に、取り憑いた、唇の、紅の跡の、どこか、不自由な、文字が、行ったり、来たり、している。

「電波ったやつ、見たことある?」、「めっちゃ好き!」、「仕事終わって、みんなで、ファミレスで、ご飯食べてるとき、目が完全にいってて、ずっと笑いながら、ぶつぶつ喋ってて」、「めっちゃ、面白い!」、「そっちには、電波いないの?」「全然いないよ」、「街中まで行ったら見かけるけど、全然こっちの方、見かけなくて」、「平日だけど、ここに行くといるよ」、いつとなく、人のいない、間に、電信柱に、立てかけられた、といっても、そこまで、辿りついて、尽き果てた、人柱だったり、立ち枯れた、花の残骸、だったり、そんな、ものにも、記憶は、ある、そして、それを、啜っている、昆虫もいる、割り切れない、そんな想いも、半身にされて、光が、届く前には、消え去ってしまう、見えて、いるものには、ありえない、逆行性の、残像で、時間を、拒絶して、予測されない、未来を、過去に、変えるのは、裏切られてしまった、不在である、その、昆虫の頭部に、垂直に、五寸釘を叩きこんだ、はずなのに、音が、聴こえて、こない、のは、音が、吸われたか、鼓膜が、失われたか、記憶の、足元から、糸が、ほどけて、それを、吸った、昆虫は、もう、ほぼ、透明になり、そのうち、光を反射しない、意識になる。

「頭、ここ凹んでない?」、「生まれた後に、暴力を振られた可能性がある」、「わかりません」、「かなり後頭骨に、歪みがありますけど」、「えぇ、調子良くなったけど」「もう、あれ、指も、こんな、切れて、注射もできないんで、だから、あの、流しながら」、「昔だったらできるよ、こんなの」、「もう、身体が消えてる」、「わかんないけど、なんか繋がるやつなんだな」、「ずるい奴らが、なんで今日、この場所に行くんですかって」、「消滅したいときに、すばやく消滅させてくれる場所があるっていうのが重要なことであって、やっぱり漏らしちゃうから」、「あ、水が立ってる」、灼熱の、アスファルトの、夥しい、蛍の、点滅の、揺れる蒸気の、黒い、ヒールで、踏み抜かれた、女性の、背後には、細長い、棺のような、歯のない、男の、口笛が、聴こえなくも、ない、その背中に、貼りついた、皮に、なって、歩いている、影が、接近したり、離れたり、二人羽織りの、人形になって、操られている、のは、前を行く、面影なのか、それとも、後から、付着する、気配、なのか、わからなく、なりつつある、そうやって、二本の足の、運び方や、腰のあたりの、揺れ方を、模倣しながら、一度、履かれて、しまった、靴やハイヒールの、爪先と、踵の間を、移動する、重心の、位置取りを、尾行している、思考には、進んでいる、はずが、同じ場所で、足踏みしている、だけ、そんな、水に、溺れた、肢のような、泳ぎ方を、みかける、ことも、ある、首から、上だけが、水平移動していようが、身体は、あとから、寄せていかなければ、ならない、いずれにしろ、歩いている、こと、自体が、奇妙な、自白で、背中は、自白したがっている、その、背中から、聴こえる、声に、耳を傾けて、しまうと、行方不明になる。

「なんかになろうと思ったら一度こっちにいる」、「何かに夢中になるとそっちに行っちゃうから」、「1時間いって我に帰るためにアラーム」、「アラームならせば、自分をスルーするために」、「毎日1時間いってアラームがすごい」、「ちょっとハイパーじゃない?」、「時間軸を、まともにしてくださいよ」、「だからまあ、一応、時計かなって感じじゃない」、一瞬、身体が、身体だけで、生きられるような、浮き方をしている、生々しい忘却が、表情を漂白して、頭の弱そうな、音信不通の、生き物になって、空中に、指で描いた、曲線は一本であり、あとは消えたり、溶けたり、紛失してしまって、顔にはなれない。

「雨が降るって、覚悟して来たんだ?」、「降らなかったら、傘、忘れて帰るもんね」、「降る?」、「いや、悩んだ」、「雨が降ったら、寒いだろうなと思うから」、「もう、雨靴も履いてます」、「雨、降ってないのに、雨靴履いてきて、恥ずかしくないか」、「いや未来を予想できる人です」、「予想できなかった」、「でも、結局、この差がすごいんだよ」、「この、完全防水のさ」、「なんかこう頭切れるから」、「ちょっとこれ、きちがいタイプ?」、「お姉さんと同じようなきちがいだな」、半分になった、蝶の羽のような、心の蛹が、目薬を刺しているような、気配も、腐敗した魚の口紅を塗れば、発情した睡蓮に喰われた、熱帯、程度には、解熱して、擬似と錯乱が息を吐く、触覚の地図に留置されてしまった、不自由な雨の、予感の、蝸牛の、排卵には、間に合うだろう、天井に吊られた、白熱電球に、搾り取られた闇の下では、死人の背丈も、少しは伸びて、呂律の回らない昆虫の顔に近づいてくる、壊れた案山子のような、錯誤の爪先の、湿った畳から、わずかに浮き上がった、真空の、影を、冷気が、横断する、両目から、出血している鸚鵡が、観念的な鴉に似てくるのも、畳み込まれた脛が、奇妙な湾曲を始めるのも、地表に近づきすぎた、空が割れて、目に見えない、なにかが、降りてきて、表を一人歩きしている、からかも、しれない、焼け焦げた、嘘の影が、ひとりでに死んでいる、そんな嘘の死骸が転がる、真昼の裏側に、そこで何をしていたのか、わからなくなった、裸体の物理が、犬に咬まれて、芯まで腐った、仮想の空気が震えて、歌っている。

「なんか雲が出るけど、私の上だけ雲がない」、「他のところは雨降ってるけど、雲が抜けてるわけで」、「自分の周りだけ雨が降らないって、すごい力だよ」、「ああいや、ああ、多少なりともあると思うよ、そういうのは」、「空がそっかあ」、「天気を変えてください」、乾いた目玉の中で、中身のない、死んだような嘘が、半透明になって、針に刺された昆虫のように、立ち止まることも、できないまま、数えられてしまった、双生児のように、離れられなくなって、しまっている、小声で喋りながら、猿が押し潰されて、嵌め込まれたような顔が、殴り書きのようで、外に出ていった、あまりに、自分のことばかり考えて、口が開けなくなって、急激に、足腰が弱った、ヒヤシンスが、咲いている。

「天気、私が音波、出してるのかもしれない」、「そう」、「天気って多分ね、3回に1回ぐらい」、「確率としては明日の1回はあんまり」、「でもそれでその3回って、絶対日曜日のお休みで、毎月とか、そんな感じ」、「月に多いとき、2回やったりしてた」、「じゃあ季節に寄らないってこと」、「このシーズンで日曜日でランダムに選んでるんだけど、雨に当たってない」、「かなりの確率!」、「統計的に有意差出てるから大丈夫」、いつのまにか、脈を取られて、淫らな花に、強姦された、ラジオの声も、捻れた腸に、巻き込まれた、隠語でしかない、とすれば、堕胎されて、まだ塊りきっていない、二重人格の、言語を、分裂した鸚鵡が復唱すると、呂律が回らなくなる、人間を、数十年も経過して、死んだ魚が鏡の肉に溶けて、消えない火事に群がる眼玉の距離で、直角の空が崩れる、時刻に、老人がひとり、消えるたび、不安定な中空の、匂いを混ぜて、義眼の水晶体に、指を突っ込んで、流れ出る、汁を舐めている、それが気の毒に思えるようなら、剥かれてずれた電信柱から、遠のいて、足になる、割れた脛に浮き上がる、血管の青さや、ヒールに差し込まれる、爪先を、密かに覗く習慣が、丸ごと飲まれて、口から垂れる、白っぽい泡も、いつのまにか、ひとを、丸呑みした、くらいには、大きくなって、いる。