自動車産業に見る「新世界」
――アメリカの自由の根底にあるのは所有であり、その所有は認識によってもたらされるというお話でした。「これは俺のものだ」と認識することで、大地が不動産になり、水や空気までもが商品化されて、自由に売買できるようになると。
最近は知的所有権と言われますが、「特許」もそうした所有の一つの形式です。発明王と言われたエジソンは、生涯で1000以上の特許を取得しています。発明によって生まれた技術を特許という権利で保護し、商品開発や事業につなげていく。つまり、知識や技術と金儲けが不可分に結びつき、それが世界をつくり変えていくわけです。それを後には「イノヴェーション」と言うようになりますが、その最もドラスティックな例が20世紀の自動車産業です。
自動車自体が技術の複合産品ですが、それだけでは自動車産業は成り立ちません。自動車が実用的な商品として普及するためには、道路網や給油網の整備が不可欠です。そのため、州や国家が主導して自然を切り開き、広範囲に道路を敷設する。その道路沿いに無数のガソリンスタンドをつくり、いつでも給油できるようになって、ようやく自動車が走れるようになる。自動車を普及させるには、これだけの手はずが必要なんです。
アメリカでは1920年代に、こうしたインフラが急速に整備され、自動車を中心とした社会が形成されていきました。当然、人間の行動様式も変わります。
――自動車を実用化するには、社会のあり方まで変える必要があるんですね。
オルダス・ハクスリーの『すばらしい新世界』は1932年に刊行されています。これは戦争や病気、貧困、老いといった「苦痛」が排除された――それ故に「すばらしい」――近未来の社会を風刺した小説ですが、そこでの暦は西暦ではなく「フォード歴」です。ヘンリー・フォードが生産した「モデルT」を起点とする暦になっているのです。そして、作中では「フォード」が神のように崇拝されています。英語のLord(ロード)は「主」を意味する言葉ですが、それをFordに置き換えているわけです。
――新たな「神」が支配する、まさに「新世界」というわけですね。
ハクスリーはこのタイトルをシェークスピアの戯曲『テンペスト』のセリフから引用したとしていますが、この言葉の裏にあるのは「アメリカ」だと私は読んでいます。
スコット・フィッツジェラルドの『グレートギャツビー』が刊行されたのは1925年ですが、これらの作品に象徴されるような「すばらしい新世界」が、まさに1920~30年代のアメリカに出現したと考えていいと思います。
――アメリカの発展ということで言うと、マックス・ウェーバーは、プロテスタンティズムの宗教倫理と近代資本主義の精神との関係を論じていますね。こうした見方についてはどう思われますか。
ウェーバーが20世紀の初めにそういう見方を提示したことには大きな意味があると思いますが、議論自体には疑問を感じます。マックス・ウェーバーは経済社会の組織化に宗教的な要素がどう影響するかということに、すごく意識的な人でした。だからこそ、アメリカ社会の発展にプロテスタンティズムの影響を見いだしたわけですが、私はこうした経済システム(アメリカ的資本主義といってもいいですが)の成立を、むしろ無制約な自由の発現として捉えています。
ピエール・ルジャンドルが言うように、近代以降、宗教というものがどのような形で政治、経済、社会といった別々の領域に区分され、文明の発展を押し広げてきたのか、そのダイナミズムを捉える視座や語り口が必要だというのが私の考えです。その時に、ウェーバーのように宗教的エートスと経済活動との結びつきだけに限定するのも、マルクスのように歴史的に一貫した経済システムの進歩があるとするのも、あまりに硬直した見方ではないかと思います。
モンロー主義からの転換
――自動車産業の成立から少し遡りますが、1914年にはヨーロッパで第一次世界大戦が勃発します。この戦争はアメリカにどのような影響を及ぼしたといえますか。
最初に西洋の世界展開の話をしましたが、20世紀になると、地球上の陸地の大半がアメリカを含む西洋諸国かその植民地という状況になります。その西洋の間で新たな領土争い(植民地の奪い合い)が起こった。つまり第一次大戦というのは、世界化した西洋の仲間割れなんです。
アメリカは当初、この戦争に直接関与しない姿勢をとっていました。一方で、イギリス・フランス・ロシアなどからなる連合国を支援し、兵器などの輸出によって、経済的な利益を得ていた。しかし、ドイツの潜水艦による攻撃がアメリカの船舶にまで及ぶようになると、参戦を求める声が国内で次第に強まっていきます。そして、アメリカはモンロー主義による不介入の姿勢を転換し、ヨーロッパへの派兵に踏み切ったわけです。
ドイツ帝国の崩壊などを経て戦争が終わると、アメリカ大統領のウッドロウ・ウィルソンは二度とこうした戦争が起こらないように、国際連盟の創設を主導しました。ところが、アメリカ国内では伝統的な不干渉の姿勢に加え、国際連盟への参加によって自国の外交や軍事行動が制約されることへの懸念が強まります。その結果ウィルソンの提案は議会で否決され、アメリカの国際連盟への参加は見送られました。
このアメリカの不参加もあり、国際連盟はその後のドイツ・日本・イタリアなどの領土拡大行為を止めることができず、国際秩序の維持という役割を果たすことができませんでした。そして、第二次大戦が勃発します。このときもアメリカは参戦に乗り気ではなかったのですが、真珠湾攻撃を機に態度を一変させて日本に宣戦布告し、その後ドイツからの宣戦布告を受けて、枢軸国の打倒に乗り出します。
――自国が被害を受けたから参戦に舵を切ったと。
直接的な理由はそうですが、それだけではありません。自由と民主主義を守るために専制主義国家を倒す。それは、今に至るまで、アメリカが自身の戦争を正当化する際に掲げる理念です。これは言い換えると、モンロー主義によって一度は背を向けた世界秩序の構築と維持に関わり、国際法体制にコミットしていくということです。そのため軍を海外に出す理由付けが「自由と民主主義」だったのです。
日本の降伏によって第二次大戦が終結すると、戦後はアメリカとソ連の対立が鮮明になっていきます。両者の対立は、単なる地政学的対立にとどまらず、社会システムのあり方をめぐるイデオロギー対立でもありました。
ソ連では、土地や工場などの生産手段は国家の管理下に置かれ、私的な所有は認められません。これに対してアメリカは、私的所有権をベースに構築された「自由の秩序」なので、両者の関係はまさに相容れないもので、不倶戴天です。だからといって核兵器を撃ち合うと、双方が壊滅する。そのため、直接的な戦争には踏み切れない。こうして、戦火を交えない戦争、すなわち冷戦になるわけです。
