八つの頭をもつ大蛇ヤマタノオロチは、『古事記』『日本書紀』に登場する出雲国(現在の島根県)の怪物です。天界を追放されたスサノオに酒で眠らされ首を切り落とされる話は有名ですが、これはいったい何を意味しているのでしょうか。

 まことしやかに言われているのは、ヤマタノオロチとはこの地域を流れる斐伊川(ひいがわ)のことだという解釈。多くの支流を持ち、氾濫(はんらん)を繰り返していた暴れ川を八つの頭の大蛇に見立て、それを「退治」した治水の話だというのです。「八」というのは実数ではなく、数が多いことを意味していたのでしょう。夏になると水枯れした斐伊川の川床がのぞき、それが蛇のウロコのように見えることも、この説に真実味を持たせています。

 しかしながら、『古事記』『日本書紀』の性質を考えると、この解釈はどうも腑に落ちません。『古事記』『日本書紀』というのは、日本という国を天皇の一族が代々治めていくことの正当性を証明するための歴史書です。そんな書物が、はたして、地方の治水の話を取り上げるでしょうか。もしも治水の話だとしたら、同じ頃に編纂(へんさん)された『出雲の国風土記(ふどき)』にも載っているはずですが、こちらにはヤマタノオロチのヤの字も出てこないのです。

 では、ヤマタノオロチとは何だったのか。私は出雲国自体がその正体ではないかと考えています。一地方とはいえ、出雲国は一時、中央政府の大和に対抗しうるほどの勢力を持っていたと考えられています。当然、大和にとってはやっかいな存在だったことでしょう。その地域を〈天界=大和〉からやってきたスサノオが〈退治=征服〉した。退治されたオロチの尾からは草薙(くさなぎ)の剣が出てきて、スサノオはこれを天界に献上しますが、このエピソードからも服属の意味を読み取ることができます。このように、『古事記』『日本書紀』の神話は、舞台となっている地方だけでなく、国家というより大きな枠組みで考えていくべきでしょう。

 神話は民族の文化的な遺産、言い換えると、古代の人々と私たちを結ぶ「絆」です。古代史を学ぶことは、歴史を知るだけでなく、私たちの国や民族について考えることでもあるのです。