うわさはなぜ広まるのか

松田 美佐
2020.01.22

 1973年10月29日、大阪のベッドタウンである奈良市近郊でトイレットペーパーがなくなる」といううわさが広まり、人びとがスーパーに殺到する騒ぎが起こりました。この騒ぎは翌日には大阪へと飛び、堺、枚方、寝屋川、東大阪へと広がって、トイレットペーパーの値段は3倍近くにまで跳ね上がりました。

 その様子がテレビや新聞で伝えられると、騒動は全国へと広まります。買いだめの対象もトイレットペーパーだけでなく洗剤、砂糖、小麦粉と増えていき、挙句には当時日本専売公社の専売品だった塩までが加わりました。これに対して政府は物不足を否定し、買いだめ対象となっている商品の増産や緊急出荷を指示します。商品が店頭に並びだしたことで人びとは落ち着きを取り戻し、関西ではわずか一週間ほどで事態は収束しました。これがトイレットペーパー・パニック」として知られる買いだめ騒動の顛末です。

 騒動を引き起こしたうわさについて、もうひとつ、より深刻で覚えておくべき例を挙げましょう。1923年、関東大震災の後に広まった、朝鮮人来襲のうわさ」です。

 地震の起こった9月1日の夜、横浜付近で発生したとされる地震の混乱に乗じて朝鮮人が放火をしている」といううわさは、またたくまに被災地、そして全国へと広まりました。その過程でうわさは強盗をしている」井戸に毒を投げ込んでいる」数百人で襲ってくる」とエスカレートしていきます。根拠」の一つとなったのが、門や塀などに白墨でつけられたA」ケ」→」〇」などの記号や符号です。これらは牛乳や新聞配達人、屎尿しにょう)汲み取り人が得意先を示すためにつけていたものですが、人びとは襲撃先や放火の場所を仲間に伝えるための暗号だと解釈したのです。うわさが広まることにより、自衛のための自警団が各地で形成され、朝鮮人や中国人、朝鮮人に間違われた日本人が数多く殺害されました。

まつだ みさ 松田 美佐
中央大学文学部 教授

中央大学文学部教授。專門はメディア/コミュニケーション論。パーソナル・コミュニケーションに関心があり、うわさは大学院進学時からの研究テーマ。並行し、ポケベル流行期からモバイル・メディアの研究に取り組んでおり、近年は「モビリティ(移動)」にも注目している。