歌手のフレディ・マーキュリーも信者であったゾロアスター教は、古代ペルシャを起源の地とし、現在でもイランとインドを中心に、世界中に信者が点在します。信者が最も多いのはインドで5万7000人。インドのゾロアスター教徒はパールシーと呼ばれ、パールシー・コミュニティの大半を保守派が占めます。彼らは改宗を認めません。婚姻により他の宗教の信者を迎え入れることも認めていません。また、古い教義や儀礼だけでなく、土地を守りたいという強い意思を持っています。

 同じゾロアスター教徒でも、イラン系は典型的なマイノリティーで、概して内向的です。一方、インド系はイギリスの植民地時代にイギリスへの貢献が認められ、経済的に豊かで自信を持っており、社交的です。世界各地で、ゾロアスター教徒はイラン系とインド系で二つのコミュニティーに棲み分けています。

 教義の中心を成しているのは善悪二元論です。この世を善悪二元論の闘争の場と考えています。喜びや楽しいこと、快楽については善神アフラ・マズダーが創造したものであり、正しく稼いで正しく使うことも善神の意にかなったこととなります。反対に苦しみ、嘆き、嫉妬、怠惰といったものはすべて悪神アンラ・マンユの創造したもので、現代の信者は失業も悪魔の仕業と考えます。病気も悪神の仕業ですから、医者になることや、長生きすることも宗教的に徳あることになります。

 ゾロアスター教徒だからといって、その精神の中に悪がないとは言っておらず、この世同様、善悪が混在した存在と捉えています。だからこそ日々善行をなし、自らを浄める必要があるわけです。「善思・善語・善行」の三つが奨励され、良いことをすれば物質的世界に還元されるとみなします。聖職者も妻帯が義務とされています。

 ゾロアスター教は自然崇拝にもとづいており、火・水・木・土などに対する信仰があります。とりわけ火に対する信仰が篤く、実際に寺院の拝火壇では、炭を入れ白檀(びゃくだん)で火を燃やしています。普段は種火の状態にしておき、儀礼の時に点火します。火を神格化することから、イスラムによって偶像崇拝と批判され、「拝火教」と差別的に呼称されました。日本ではいまだにこの名称で呼ばれることもありますが、ゾロアスター教徒は「拝火教」という呼称に嫌悪感を持っています。

シカゴのゾロアスター教寺院内の拝火壇

 ゾロアスター教の葬送である鳥葬は、かつて信者の間では「太陽に曝す」と呼ばれていました。太陽は、最後の審判をおこなうミスラ神として崇められています。鳥葬は砂漠の多いイランの風土に適していました。7世紀にイスラムが流入してからは、「沈黙の塔(ダクマ)」が建てられ、その上から遺体を中に入れ、外から見えなくして猛禽類に食べさせました。沈黙の塔は子宮に喩えられ、生まれた時と逆になるよう、遺体は足から入れられます。12世紀頃のインドでは、小高い丘の上にすり鉢状に穴をあけ、その中でおこないました。近代になると、ヨーロッパ人に向けて合理的な説明がなされるようになり、次第にゾロアスター教徒のなかでも鳥葬の意味が伝承されなくなってきました。イランでは鳥葬が1960年代に禁止され、それ以降は土葬されるようになりました。インドでは2000年代になると猛禽類の減少に伴い、維持が難しくなってきましたが、遺体を熱で乾かすために太陽光パネルも使いながら、現在も続けられています。

イランのヤズドにある鳥葬の塔(ダクマ)

 チベット密教でも鳥葬がおこなわれています。しかし、チベットでは季節によって室内に遺体を長期間安置しますが、ゾロアスター教では死後24時間以内に鳥葬にしなければなりません。また、チベットでは岩の山の上で死体解体人が遺体をバラバラにしますが、ゾロアスター教では解体しません。ただしムンバイなどで、鳥が持って行った遺体の一部が、住宅地に落ちていることもあり、信者を悩ませています。

 開祖・ゾロアスターは、紀元前3000年~600年の間に生まれたとされており、バラつきがあります。ゾロアスターが新たな宗教を立ち上げたのではなく、元からあった宗教を改革したとも言われています。ササン朝時代に全盛を迎えましたが、このときは既に開祖の死後から年月が経ち、当然、教義にも変化が見られます。

 パールシーにおける衣食住の文化は欧米化が進んでいます。伝統的な衣装として、かつて男性はターバンなどムスリムのような上下白の恰好をしていたようですが、現在はタキシードのようなヨーロッパ的な正装があります。女性の正装は、サリーをパールシー風に巻くスタイルのパールシー・サリーです。二つ折りにした白いハンカチを頭に被り、その上にサリーの裾を被せて三重に覆うのは、「善思・善語・善行」を表しています。男性の場合はつばの無い帽子の上の部分が布で三重構造になっています。

 衣服のうち、スドラとクスティの二つも特徴的です。スドラは、木綿の白いシャツのことで、胸と背中に、疑似ポケットがついています。胸の真ん中についている四角形の擬似ポケット、ギーレバーンは善行を溜め、首の後ろについている半円型の擬似ポケット、ギルドは未来の善行を溜めるとされています。

 クスティは、ストローのような紐のことで、腰で三重(やはり「善思・善語・善行」を表している)に巻かれます。「浄め」を意味し、一日5回とトイレに行ったときにクスティのお祈りをする必要があります。身体を上下で分離して考えており、精神で肉体をコントロールできるようにという願いが込められています。沐浴のとき以外、いつも付けている必要があり、若者の間ではカッコ悪いと嫌がられていますが、1990年代にヒンドゥー教徒とムスリムの間で紛争が発生した際、クスティによってゾロアスター教徒が見分けられ、殺されずに済んだというエピソードもあります。

カラチで行われた入信式

 ゾロアスター教では近親婚(クワエートワダサ)が奨励されているという誤解があります。現在ではおこなわれていません。紀元前に端を発する宗教ということもあり、障碍者に対する強い差別がありました。そのような背景のなかで、近親婚を繰り返してきたとは考えにくいのです。ただし財産の流出を防ぐ目的でおこなわれていたとも考えられています。

 食に関してタブーはありませんが、暦の中で動物の神様の日には肉食してはならず、近親に死者が出た場合、3日間は肉食が禁じられています。パールシーにはごく少数派としてベジタリアンの一派もありますが、これは宗派ではなく、イギリスの植民地時代以降に生まれた神秘的なグループです。

 ゾロアスター教徒は、ユネスコから絶滅危惧の少数民族に指定され、億単位の支援を受けています。信者同士のカップルに対する支援によって、インドでは4年間で200人の子どもが生まれましたが、これは支援を受ける前と大差ありません。無理に布教や結婚をさせることなく続けてきた結果が、現在の少子高齢化の一因になっています。3割が65歳以上を占めるパールシー社会において、保守派の人々がイギリス植民地時代の遺産に頼っている自覚を持ち、対策を講じない限り、消滅の一途をたどる可能性は否定できません。

 また、鳥葬にしても、近親婚や改宗のタブーにしても、イギリスの研究者による現代的な解釈が定着している印象が強くあります。研究者はなるべく中立的な立場にあるべきですが、自分の言説が思ってもみない影響を与えることがある点は、研究の難しいところだと認識しています。


構成:辻信行