魔女(witch)と聞くと、こんなイメージが浮かぶかもしれません。「鼻が長くて皺くちゃで、黒い服のおばあさん」。しかしそれは、おとぎ話の世界の姿。実は、もっと身近な魔女たちが、今の世の中にも生きています。

 現代の魔女たちは、「ペイガニズム」という自然崇拝と縁が深く、自然のなかに聖性を見るという特徴があります。ペイガニズムとは、キリスト教が広まる前のヨーロッパにみられた多神教の信仰です。ペイガニズムの復興運動が1950年代ごろから欧米で盛んになり、そのなかで魔女たちが姿を現し始めました。現在、魔女たちは欧米圏で増えています。

 私はイギリスのグラストンベリーという街で人類学者として長年フィールドワークをし、多くの魔女たちに会ってきました。魔女の年齢層は若者から老人まで様々です。また、女性だけはなく男性もたくさんいます。

 「魔女の数だけ、魔女の種類がある」と言われるのですが、ひとりひとり、魔女としてのあり方は異なっています。ある人にとってそれは、ヨーロッパの伝統的な民間療法を受け継ぐ方法であり、ある人にとってはお守りや薬草づくりをすることが魔女としての実践です。

 多くの魔女に共通するのは、ケルト暦にもとづいて、季節の変わり目ごとにその訪れを祝うこと。たとえば10月31日の秋分の日には、年間最大のお祭り「ソーウィン」が行われます。ケルトの暦では11月1日が新年なので、10月31日は大晦日にあたります。この日は死者が還ってくる日と考えられているので、ソーウィンの儀式では先祖を思って瞑想をします。大きな祭壇がしつらえられて、地・水・火・風の四要素を象徴するものが置かれます。この儀式はハロウィンの起源でもあります。

 もうひとつ、魔女にとって大切なものにイニシエーションの儀式があります。これは「今日から私は魔女として生きていきます!」と宣言するための儀式です。グループで行うこともあれば、個人で済ませる人もいます。やはり祭壇を作って、自然の神々にお祈りをします。実は現代の魔女は、自己申告制度。自分から「私は魔女です」といえば魔女なんです。では、人々はどのようにして魔女になっていくのでしょうか。

 現代の魔女には大きくわけて二つの流れがあります。ひとつめは、先祖代々の魔女。おばあさんやおじいさんが魔女で、薬草の使い方を教わってきた、という人々です。彼らの多くは田舎の出身で、古くからの習俗の名残を経験しています。たとえば五穀豊穣を願うおまじないの一種や、体調を良くするためのハーブの使い方などです。

 ふたつめの流れは、通信教育などで知識を得て魔女になる新しいタイプの人々。通信教育ではケルト暦の意味や、季節の儀式について学びます。この流れは、1950年代に始まった現代ウィッチクラフト(魔女術)運動に起源があると考えられます。当時、イギリスの公務員であり作家でもあったジェラルド・ガードナーが、田舎に残る風習を記録し、新しい魔女体系「ウィッカ(Wicca)」というものを作りました。ウィッカはペイガニズムや女神信仰と結びつきながら欧米圏で一斉を風靡しました。ウィッカは、旧来のキリスト教的価値観に対するカウンターになり得たため、人々の心を掴みました。

 当時、アメリカには第二波フェミニズムが到来していました。キリスト教の男性中心主義的価値観を批判し、改革を求めていた人々は、ウィッカに希望を見いだしました。彼女たちにとって、魔女となることは、息苦しい価値観からの脱却の方法でもあったのです。

 このような思想的背景は、いまも続いています。私が出会ってきた魔女のなかで、特にウィッカに影響を受けてきた魔女たちの多くが、こんなふうに語りました。「私にとってキリスト教は、しっくりこない。けれども生きるうえで、何かを信仰したい。ずっと心のよりどころを探していた。そんななかで、自分にぴったりだったのがペイガニズムだった」。

 ペイガニズムは、キリスト教的価値観に抵抗を感じる人々にとっての、オルタナティブなスピリチュアリズムとして受け入れられています。自然のなかに神々の息吹を見いだし、自分の好きな神様を信仰してよいという、キリスト教に比べるとずっとゆるやかな信仰のありかたに、人々は惹かれるのかもしれません。グラストンベリーの魔女のなかには、自分のお気に入りの女神を信仰する人々がたくさんいます。彼女たちは女神に祈りを捧げ、女神と一体となることに喜びを見いだしているようです。そして自身は魔女として、自分好みの祭壇を作り、儀式の実践を行っています。

 研究に携わるまで、私自身、いまの世の中に魔女がいるとは知りませんでした。大学院時代の授業で魔女がいるということを知り、「会ってみたい!」と純粋に思ったのが、研究のきっかけです。出会ってみると、魔女たちは特別な人々ではありませでした。私から見ると、魔女たちは、自由な信仰や自由な生き方を求めている人々です。「女神は私を元気づけてくれる」。そんなふうに魔女たちは言います。

 何を信じるか、どう生きていくか。「私は魔女です」と自己申告することは、魔女たちにとっては自分の道を明らかにするための一つの方法なのではないでしょうか。


構成:濱野ちひろ