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 タバコをやめて16年になります。一日一箱いかないくらいの「ライトスモーカー」でしたが、それでもやめてしばらくは喪失感のようなものがありましたし、「1本くらいなら……」と火を点けて激しく後悔するという夢をよく見ました。

 ここ数年はさすがにそんな「悪夢」からも解放されましたが、昔の映画やドラマで喫煙シーンが出てくると、古いアルバムをめくったような、学生時代の友人と再会したような気もちになります。音楽は青春のしおりであると言われますが(たしか秋元康の言葉だったような)、私にとってはタバコもそうなのかもしれません。だいぶ黄ばんでそうなしおりですけど。

 厚生労働省の調査によると、2023年現在、習慣的に喫煙している人の割合は15.7%(男性25.6%、女性6.9%)なのだそうです。ピーク時の1966年には男性の83.7%が吸っていたとのことなので、この60年ほどの間に喫煙者の男性は多数派から少数派になったことになります。一方現在の多数派は、私のようにやめた人と、そもそも吸ったことがない人に分けられるでしょう。その割合がどれくらいかはわかりませんが、若年層ほど後者が多いのは容易に想像がつきます。

 タバコが健康を害するのは周知の事実ですし、吸わずに済むならそれに越したことがないのは完全にその通りです。でも、健康に悪いという一点で、喫煙に付随する文化や風習までも否定することには違和感を覚えます。ある時代まで「タバコ=大人の嗜み」といった図式が成立していたのは確かであり、またそれが大人になる(なりたい)という意識の醸成に、少なからず寄与していたのではないかと思うのです。要するに喫煙は、表面的なものとはいえ、「大人への憧れ」を生み出す行為のひとつだったわけです。

 そんな憧れから口にした最初の1本で、むせたり気分が悪くなったりしたというのはよく聞く話です。毒物が入ってくるわけなので、体としては当然の反応です。私も初めて吸ったときは目が回り、「こんなもん二度と吸うか!」と思いました。それでもムリをして続けているうちに少しずつ吸えるようになり、やがてその「旨さ」がわかってくる。強いて言うならば、その過程のなかに、学びや成長に通じる要素があるように思います。

  以前ある飲料メーカーの方が、今の消費者は一口目でおいしいと思わないものは二度と買ってくれないと言っていました。若者のビール離れが進むのもこの辺に原因があるそうです。タバコやビールだけならいいのですが、こうした態度が学問や仕事、人間関係の場面にまで及んでしまうのはちょっとまずいように思います。本を最初の1ページだけ読んで投げ出したり、初対面の印象だけで相手との付き合い方を決めていては、人間的な成長や人格の陶冶など望むべくもないでしょう。

  にもかかわらず、感覚的なものや単純でわかりやすいものばかりがもてはやされる世の中の風潮は強まる一方です。モノも情報も選択肢もあふれる世の中では、「いつかわかる時がくる価値」などというものは、無価値に等しいのかもしれません。

 念のため言っておくと、私はタバコを吸ったことがない人に喫煙を勧めたいわけではありません。過去の自分と話せるなら「やめとけ」と伝えます。それでも尚、タバコが私にかけがえのないものをもたらしてくれたことは、認めないわけにはいきません。16年間の禁煙は、何をやっても長続きしなかった私にとって、初めて成し遂げた偉業です。1本目のまずさでもしも諦めていたら、この達成感を味わうことはできなかったでしょう。

2025.04.05

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