「アイドル」の語源としても知られるイドラ。「先入見」や「思い込み」と訳されるこの概念の根底には、三段論法に代表される「演繹法」への強い批判がありました。ベーコンはなぜ、演繹法を否定したのでしょうか。4つのイドラ(種族・洞窟・市場・劇場)、そして彼が正しい知識を獲得する方法と考えた「帰納法」とその問題について、中村昇先生が鋭くふんわりと解説します。

思考する一節

「種族のイドラ」は人間の本性そのもののうちに、そして人間の種族すなわち人類のうちに根ざしている。というのも、人間の感覚が事物の尺度であるという主張は誤っている。(『ノヴム・オルガヌム』桂寿一訳、岩波文庫、一部改変、84頁)

 

しかるに「市場のイドラ」は、一切のうちで最も厄介なもので、言葉および名称との同盟から、知性のうちに忍びこんだものである。人々は、その理性能力が言葉を支配すると信じているが、しかしまた言葉がその力を知性に向けて働かせ、はね返すこともあって、これが哲学および諸学を、たんに言葉を弄ぶ働きのないものにしてしまう。(同書、96-97頁) 

だがしかし知性が個々のものから、遠く離れた、そしていわば最も一般的な公理に向かって、跳躍ならびに飛躍し、それらの不動の真理性に基づいて、中間的公理を証明し設定するということは、許されるべきではない。(同書、162頁)