「ざらざらとした大地に戻れ」。言語の基底にはなめらかな論理があるとする自らの議論を覆し、日常のあらゆる場面でのやりとりこそが言語の本質だとの考えに行き着いた後期ウィトゲンシュタイン。「語の意味はその使用である」というテーゼからは、はたして何が導かれるのでしょうか。生成AIを生み出した大規模言語モデルにも通底する「言語ゲーム」の核心を、この上なくふんわりと読み解きます。

思考する一節

「私は、彼は自動機械ではないと思う」というのは、このままでは、まだどんな意味ももっていない。/ 私の彼に対する態度は、魂に対する態度である。私は彼に魂があるなどという意見をもっているわけではない。」(『哲学探究』第二部ⅳ)

感覚とは、何かでもないが、何もない(無)わけでもない。(『哲学探究』304節)