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カタールワールドカップ、ジョガボーラ、真剣勝負、尊重があればそれはサッカー!

さきほど、カタールワールドカップ2022の決勝が終わり、アルゼンチンの優勝で幕を閉じた。序盤しか見ていないが、なんだかんだと日本代表も思っていたよりずっと盛り上がったし、ワールドカップも開幕前の雰囲気からすると、びっくりするくらいに皆が熱狂できたんじゃないかと思う。

 優勝したのは南米のチーム。解説などを聴いていると、どちらかといえば、フランスは世界選抜だ、とか、フランスの方が強いような声が大きかった。海外のサッカーはあまり見ない私だが、グリーズマンのプレーは前から好きで、楽しみにしていたのだが、序盤を見る限りは、良さが完全に消されていた。スコア的にみるとエムバぺがあとで大爆発して、最終的にPK戦になったようだが、グリーズマンのプレーはその後どうだったんだろう。眠ってしまったので、結局まったく分からない。

さて、南米のサッカーと言えば、欧州の組織的なサッカーと対比され、情熱的で躍動感のある、自由で創造的で個性が爆発すようなイメージがある。ブラジルでは、ストリートサッカーの文化の話がたまに出てくるが、アルゼンチンはどうなんだろう。

私自身は、中学生からサッカーを始め、中学生の時は金曜日の夜と、日曜日の午前に社会人女子チームでサッカーして、他の平日などは、部活動でソフトボールをやる生活を送っていた。本当はサッカーがやりたかったけど、部活にないから、仕方なくソフトボール部に入ったのである。私は小学生時代にJリーグが開幕し、清水エスパルスに熱狂し、大興奮したり、負けてひどく落ち込んだり、一喜一憂する日々を送っていた。もしかしたら、好きの度合いだけでいうと、小学生時代が一番だったかもしれないと思うくらいだ。サッカーの文字がみつかれば、あらゆるメディアの文章を読んだし、良い選手のプレー写真があれば、切り抜いてスクラップ集を作ったりした。サッカーをする時間は少なかったが、独特のサッカーとの関わり方で、サッカー愛を爆発させていた。だけど、本当は、自分自身もサッカーをしたかった。だけど、自分が女であるということは、案外ネックになっていて、小学校の少年団で、1人紅一点でプレーしている女の子はいたけど、その子はものすごく運動神経が良く、ボーイッシュではつらつとしていてカッコよくて、男の子の中に混じってもサマになっていた。小学生ながらに、私は、男の子の中に混じって、そんな風にはなれないだろう、というのは充分すぎるほどわかっていた。少年団のような集団生活どころか、普通の学校生活ですら、若干、他の子どもよりのんびりペースで、どんくさかったので、サッカーは大好きでも、気軽にやり始められるわけではなかったのだ。

前置きがとっても長くなった。ワールドカップのアルゼンチン優勝の話から、南米のストリートサッカーの話に転じて、そして私の中高生時代のサッカー体験を語ってみた。読者の皆さんからしたら、なんだか、話の展開がわけわからんといったところかもしれない。

 これは極論かもしれないが、私は、正直に言ってしまうと、「結果」にあまり興味がない。関東大会出場、とか、全国大会出場、とか、そういうことに、何が何でも、という気持ちが正直あまりない。こんなこと言ってしまうと、昔のサッカー仲間にとても失礼なのかもしれないが・・・。いや、「真剣勝負」の場は、本当に最高だったし、真剣勝負の場になれば、もちろん、勝ちたい、もっと上手くなりたい、そんなことは思ったよ。めちゃくちゃね。すごくいい経験させてもらいましたよ。だけどね、ずーーーーっとサッカーしてきて、私が何より求めているのは、サッカーで得られる結果としての称号とかではなくて、どこまでも「サッカーのある日常」なんだな、って、だんだんと、じわじわと、分かってきた。「毎日サッカーやりたいな」「毎日ボール触ってたいな、蹴ってたいな、遊んでたいな」、それが私が欲しているものなんだなっていう本音を、長い時間を経て、ようやく気付いたのだ。

Twitterを通じて、ブラジル在住のサッカージャーナリストのミカさんが、頻繁に「ジョガボーラ」という言葉を使って、その魅力を発信しているのがずっと気になっていて、熱心に読んできていた。ブラジルのストリートサッカーのことを、ジョガボーラっていうらしいのだ。

私、こういうの、やりたい。私が本当にやりたいことってこういうことなんだ。ボールを蹴りあってお互いを認め合ったり理解しあったりできるような。ブラジル行け、って言われるかもしれないけど、私は日本でやりたい。もちろん、本当にストリート(道路)でやったら、怒られてしまうけど、たまたま近所の小学校の照明付きグランドに空きが出たので、いよいよ、本当に、ジョガボーラの場を作りたい!!と思って、動き始めている。

さて、私のサッカーの原点として、大切なチームをもうひとつ紹介したい。大学生の時から関わっている、群馬県の「FC高崎POPOLARE」というチームだ。群馬県の「FC高崎POPOLARE」というチームだ。以前にも紹介して記事にしたことがある。

https://note.com/mimiwosumashite/n/ndaf74cea48bd

実は、昨日も、高崎市民大会に参加させてもらっていた。2年前に脳梗塞を発症し、サッカー活動を控えてきた私だったが、2年以上ぶりに、昨日は後半頭から15分、試合に出場までさせてもらった。もちろん、病気前のようなプレーはできなかったわけだが、それでも「真剣勝負」の中に少しだけ混ぜてもらったことは、本当に嬉しかった。

「FC高崎POPOLARE」は、お互いの存在を認め合うことの素晴らしさを教えてくれた、かけがえのないチームだ。サッカーで傷ついてきたことも多かった私にとって、「FC高崎POPOLARE」で、ボールを蹴りあう中で、存在を認められていくような経験は、本当に貴重で、このチームから学んだことが沢山ある。途中、やめたこともあったけど、戻ってきても、暖かく迎え入れてくれたチーム。「尊重」「リスペクト」といった小難しい言葉を、冗談言いながら当たり前のように実現しているチーム。このチームの出会いも、きっと、「女子サッカーに耳をすまして」というサイトが生まれた裏側にしっかりと存在しているような気がする。

・・・というわけで。このサイトをきっかけにして、皆さんとお互いを認め合い、理解しようとしあい、素晴らしい関係性を、これからも作っていきたいです。サッカーはボールひとつでつながれる、なんてよく言うけど、もしかしたら、ボールがなくたって、つながることができるのかもしれません。サッカーから学べることは沢山ある。闘う姿勢、勝つこと、も、もちろん大切な要素だとは思いますが、私は、お互いを認め合い、理解しようとしあい、協力し合う、尊重の要素、に力点を置いて、これからもサッカーと関わり続けていきたいです。それって、別にボール無くてもできますよね!ボールがあると分かりやすいだけで、ボールがなくても、ボールがあるかのように、お互いに認め合い、理解しようとしあい、協力し合い、尊重しあい、を日常の何気ないことから、実践していけばいいような気がしているんです。ボールが無くてもサッカーできる。極論、私はそう思ってます。リスペクトのあるコミュニケーションが、そこに存在しているなら、もうそれはサッカーだ、と。飛躍しすぎかもしれないけど、私はホントにそう思ってます。
 言ってる意味が分からない、という方。是非、一緒にボールを蹴りあいましょう。ジョガボーラしましょう。遠方で会うのが難しい方は、ジョガボーラの場を、近所で作ってしまえばいいんです。「サッカーのある日常」「ジョガボーラのある日常」、つまり「リスペクトがあふれる日常」を、みんなで一緒につくっていきませんか。

 そんな素晴らしい未来につながるように、毎日を積み重ねていきたいし、みなさんとコミュニケーションしていきたいです。これからも、耳すまを、何卒よろしくお願いいたします!

元記事URL

https://note.com/mimiwosumashite/n/n85765eb1d8e3

2022.12.24

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