哲学者の視点で世界を見る

interview
哲学書の原典を読みたい。哲学に興味のある方であれば、誰もが一度はそう思ったことがあるのではないでしょうか。中央大学文学部 哲学専攻では、大学院生を中心として読書会を行なっています。なかには、大学院の講義の一部を一般の方に開放しているものもあります。今回はこの読書会の由来や哲学の魅力、哲学書を読むことの意義について、インタビューにもご登場いただいた中村昇教授、中央大学の大学院出身でホワイトヘッドの研究をされている佐藤陽祐、飯盛元章 両兼任講師にお聞きしました。
  1. 死屍累々の」読書会
  2. わかるために必要なこと
  3. 哲学の魅力
  4. 作者の死

「死屍累々の」読書会

中村昇教授
佐藤陽祐兼任講師左)、飯盛元章兼任講師右)

――まずはこちらの読書会の由来といいますか、いつ頃、どんなきっかけで始まったのか、といったあたりから教えていただけますか。

中村 読書会そのものは私が院生の頃には既にありました。この哲学専攻ができてすぐ始まったかどうかはわかりませんが、もともとは木田元先生が指導されていた院生たちが始めたものだと聞いています。だから随分前ですね。自分一人だととてもじゃないけど分からないテキストでも、みんなで議論しながら読めば少しずつ分かるようになるだろうというので始まったみたいですね。

――なるほど。木田元先生から続く由緒正しき読書会なんですね

中村 哲学にはグルンドテキストGrundtext)といって、専門家になるんだったらどうしても読んでおかなきゃいけないテキストがあるんですよ。たとえばカントの純粋理性批判』とか、ヘーゲルの精神現象学』とか何冊かあります。そういうのをみんなで1冊あげちゃおうという趣旨ではじまったようです。

――もともとは研究者になるための場だったんですね。

中村 そうですね。それとは別にもうひとつ、月曜の読書会」と固有名詞で語られる読書会がありました。これは木田先生が多分まだ助教授だったときに、院生からハイデガーのテキストを読んでくれと頼まれて始まったものです。ハイデガーは木田先生のご専門ですから、じゃあ読もうと。そこから始まった非常に厳しい読書会がありました。月曜日の午後7時から、中央大学の理工学部で行われていました。

 木田先生を中心に他の教授や助教授も参加して院生がそこに入るんですけど、誰でも入れるってわけじゃなく、入れたとしても本気でやらないとまず続かない。ハイデガーの難解なドイツ語、しかも翻訳のないやつを3年、4年、毎週ずっと続けてみんなの前で訳読していく。お盆と正月だけ休みで、夏休みも冬休みも春休みもなく、一年中それが続くんです。それで間違ったら徹底的に直され、みんなに笑われるんですよ。だから当時は月曜日だけが、なにか暗く地獄のような日でしたね。その読書会に出てた人が陸橋から落ちて腰の骨を折ってやめたとか、胃に穴が開いてやめたとか、死屍累々なんです、本当に。それで最後まで生き残れば、ようやく哲学書をちゃんと読めるようになるんです。

――それはすさまじい……

中村 そういう破格の読書会もありましたけども、われわれがいまやっているのは、一般の方にも参加していただける、非常に優しい、明るい感じのやつです。

――佐藤さんもその死屍累々の」読書会に参加されたことはありますか。

佐藤 いえ、残念ながら僕が入学したときには、もう木田先生は退官なさっていました。

――それは残念ですね笑)