今、世界中でゾンビが増殖中です。「嘘だろ」って?本当なのです。といっても、もちろん実物のゾンビではなく、映画やアニメ、コスプレの世界などでのお話です。

 ゾンビといえば蘇った死体、生ける屍を指す言葉ですね。ゾンビが映画に初めて登場したのは1932年の『ホワイト・ゾンビ』だと言われています。本作はヴードゥー教のゾンビを題材にしたもの。西インド諸島のハイチでは、ヴードゥー教の呪術師たちが「ゾンビ・パウダー」なる粉末を用いた儀式によって死体を蘇らせ、ゾンビを作り出しているという伝承がありました。これまでに、文化人類学や民俗薬学では、ハイチのゾンビ現象について研究成果が出されており、ゾンビ・パウダーにはフグ毒で知られるテトロドトキシンが含まれていることなどが分かっています。

 初期のゾンビ映画には、この「ヴードゥーゾンビ」が登場しますが、次第に今につながるゾンビの特徴を得ていくことになります。特に、ホラー映画の巨匠、ジョージ・A・ロメロ監督による『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』や『ゾンビ』が大きな役割を果たしました。ヴードゥーゾンビには無かった「人を食う」という性質が付与されたのです。この「人食いゾンビ」は映画に登場するモンスターとして1970年代から80年代を通して人気を獲得していきます。

 ゾンビ映画は、作りすぎて飽きられてしまったのか、90年代にはいったん減少します。ところが、2000年代になると再び爆発的に増加します。そのきっかけとなったのは、1996年に大阪のゲームメーカーであるCAPCOMが発売した『バイオハザード』というゲームです。このゲームは世界中でプレイされる人気シリーズとなりました。その後、『バイオハザード』は実写映画化され、やはり大ヒットを記録。さらに、2002年の映画『28日後…』では、「走るゾンビ」が登場します。ゾンビといえば身体を揺らしながらゆっくり動きまわるものでしたが、この映画ではそれまでの常識が破られました。近年の映画はカット数が増え、スピード感があります。走るゾンビは、現代的な映像表現にもぴったりだったのでしょう。

 さらに、人間がゾンビになる原因も少しずつ変化してきます。もともとゾンビは「死体」であり、墓から蘇ってくる存在でしたが、ウィルスに感染した人間がゾンビになっていく、という設定のものが増えていきます。ウィルスによって人間がゾンビ化するなら、土葬の風習がない国々でもゾンビが存在できるようになり、表現の幅がグッと広がります。こういった変化を経て、現在ではインドや韓国などでもゾンビ映画が次々制作されています。8月16日公開の『感染家族』も韓国産のゾンビ映画です。今、世界中でゾンビが増殖中なのには、このような背景があるのです。

 このようにゾンビ映画が少しずつ進化しながら増加していくことには、どんな意味が隠されているのでしょうか。ゾンビとは、人間のようで人間ではなく、死んでいるようで生きている、あいまいな存在です。他の様々なモンスターと比べた時に特徴的なのは、その姿が人間に近い点や、その性質が他の人間に伝染していく点です。つまり、モンスターに襲われるかもしれないという恐怖だけでなく、仲の良かった人が、あるいは、自らもゾンビになってしまうかもしれない、そんな恐怖を反映しているのです。

 ゾンビという存在は、異文化に属する「他者」を表象していると言うことができます。ゾンビ映画は、他者を受け入れることなく排斥する怖さや、突然、自分自身や家族が排斥される側になるかもしれないという恐怖、そして、自分自身が他者を排斥する行動をとるかもしれないという恐ろしさをも描いています。

 また「ウィルスによってゾンビが蔓延していく」という設定からは、情報化社会における危険な一側面も想起させられます。現代社会では、SNSなどさまざまなメディアを通して、特定の価値観が一気に広まり、大勢を占めてしまうことがあります。それはまるで、価値観の伝染とも言える状況です。善なる行動や考え方の爆発的な拡散が見られる一方、誤った情報や危険な思想が広まり、人を行動に駆り立てることもあります。ヘイトスピーチやホームグロウン・テロリズムなどはまさにその例であると言えます。現代のゾンビ映画が描く恐ろしさとは、インターネット等のメディアを通じて特定の価値観が人々に伝染していき、行動を起こさせるという実社会の恐怖にとても近いものなのです。

 ここまで、現代的なゾンビが意味することについてお話ししてきました。このようにゾンビを通じてさまざまな考察をしていく研究を、私は「ゾンビ学」と銘打っています。ゾンビという対象に紐付けて、さまざまな現象を扱っていけることがゾンビ学の強みです。

 学問とは、本来、とても自由なもの。これから学び始める人にも、これから学び直す人にも、そしてまさに今学んでいる人にも伝えたいことは、「どんなことだって、学問になる」ということです。自分が熱中すること、好きなこと。あるいは身の回りにある問題や困りごと。すべては研究の対象となり、学問になり得ます。自分自身の価値観を信じて、ぜひ学問を楽しんでほしいと思います。柔軟な発想で自由に学ぶことが、社会の価値観に飲まれて「ゾンビ化」してしまわないための方法のひとつなのです。


構成:濱野ちひろ

※タイトル画像:映画『感染家族』より

出演:キム・ナムギル、チョン・ジェヨン、オム・ジウォン 他 監督:イ・ミンジェ 2019/韓国/カラー/韓国語/112分 原題:기묘한 가족  英題:The Odd Family:Zombie On Sale 映倫:G 配給:ファインフィルムズ (C)2019 Megabox JoongAng Plus M & Cinezoo, Oscar 10studio, all rights reserved. 映画公式HP www.finefilms.co.jp/theoddfamily